VRK1の不活性化はDNA-PKの安定性を制御することでPARP阻害に対する卵巣がんの感受性を高める
論文標題 | Inactivation of VRK1 sensitizes ovarian cancer to PARP inhibition through regulating DNA-PK stability |
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著者 | Kim DY, Yun H, You JE, Lee JU, Kang DH, Ryu YS, Koh DI, Jin DH |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Exp Cell Res, 438(1): 114036, 2024 |
キーワード | 卵巣がん , VRK1 , DNA damage , DNA-PK , PARP阻害剤 |
【背景・目的】
卵巣がん(Ovarian Cancer: OC)は婦人科がんで5番目に多いがんであり、効果的な診断法がないために発見時には進行期であることが多く、世界的にも予後不良ながんである。また、高悪性度漿液性がん(high-grade serous carcinoma: HGSOC)は、DNA修復経路の中でも相同組換え(Homologous Recombination: HR)修復に欠陥があることが多く報告されている。現代医療では遺伝子変異によるDNA修復欠損と化合物投与によるDNA損傷の誘導を組み合わせることにより細胞死を引き起こす合成致死ががん治療に利用されており、実際にPARP(poly-(ADP-ribose) polymerase)阻害剤がHR欠損腫瘍に有効であることが示されている。本研究ではOCにおいて高発現しているvaccinia-related kinase-1(VRK1)に注目して癌発生との関連性およびDNA修復阻害の有効性を検討している。また、DNA修復に重要な役割を持つDNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-PK)とVRK1との関連も調べており、VRK1の効果的な阻害が放射線療法と化学療法による癌治療において新しいアプローチとして期待される。
【結果の概要】
1. いくつかの卵巣がんではVRK1が高発現している
Vaccinia related kinases (VRKs)はセリン/スレオニンリン酸化酵素ファミリーの一種で哺乳類においてはVRK1-3が存在している。このうちVRK1は最もよく研究されており、いくつかの種類の癌において高発現が認められていることから癌発生との関与が疑われていた。筆者らはいくつかの卵巣癌においてVRK1の発現量を比較したところ、正常卵巣よりも卵巣癌において有意にVRK1の発現量が増加していることを見出した。また、乳癌や卵巣癌に特徴的な遺伝子変異であるBRCA1/2の変異の有無を同時に調べたところ、BRCA1/2の有無とVRK1の発現量に相関は見出せなかった。しかし、BRCA1/2に変異を持つ卵巣癌細胞に対してVRK1をノックダウンするとBRCA1/2に変異がない細胞と比較して有意に細胞死を誘導することがわかった。
2. VRK1がゲノムの安定性に関与している
VRK1がゲノムの安定性に関与しているか調べるため染色体の細胞遺伝学的解析を行った。VRK1高発現細胞においてVRK1をsiRNAによりノックダウンさせると染色体切断や融合などの異常が増加した。また、γH2AXとアポトーシスマーカーのCleaved caspase-3の発現の上昇も確認された。これらはVRK1のノックダウンがゲノムの不安定性とDNA損傷を誘発していることを示している。
3. VRK1とDNA-PKの重要な関連性
DNA-PKは非相同末端結合においてDNA二本鎖切断の検出と修復に重要な役割を果たしている。興味深いことに著者たちはVRK1のノックダウンによりDNA-PKの発現が減少することを見出した。このことから、VRK1のノックダウンによりDNA-PKの発現量減少による非相同末端結合修復活性の低下からDNA損傷やゲノムの不安定性が誘発される可能性が考えられた。そこでVRK1キナーゼ活性がユビキチン化によるDNA-PK分解に影響するかどうかを調べるためにVRK1阻害剤とプロテアソーム阻害剤で処理したところ、VRK1キナーゼ活性の阻害がユビキチン化を介してDNA-PKのプロテアソーム分解を促進することが示された。
4. VRK1とPARP阻害剤による合成致死
最後に著者らはVRK1高発現OCにおいてPARP阻害剤との合成致死が成立するかどうかを検討するために、VRK1阻害とPARP1阻害の組み合わせによる影響を調べた。細胞の生存率を測定するコロニーアッセイの結果、PARP阻害剤であるOlaparibはVRK1高発現細胞のコロニー数とサイズを劇的に減少させた。また、アポトーシスを検出するTUNELアッセイではVRK1高発現細胞においてVRK1ノックダウンの時に効果が高く、Olaparibとの相乗効果も示した。これらはVRK1がDNA損傷応答の合成致死を介して卵巣がん細胞をPARP阻害剤に感作していることを示している。
【まとめ】
本研究ではVRK1を高発現しているOCにおいてPARP1阻害剤との合成致死を誘導できないかという視点から有効性を検討した。結果としてPARP1阻害剤単独での効果は少ないがVRK1阻害とPARP1阻害の組み合わせによりDNA損傷とゲノム不安定性の増加を通じてアポトーシスを誘導することを示している。また、そのメカニズムとしてVRK1阻害によるDNA-PKの分解とDNA修復活性の低下、そしてPARP1阻害によるDNA損傷の誘導により合成阻害が誘導されることを見出している。以上から本研究はVRK1を高発現しているOCにおいてVRK1とPARP1の併用阻害が効果的に細胞死を誘導することから、新規の抗がん剤としての可能性を示している。抗がん剤の効果は個人差が大きく、本研究のように少しでも多くのアプローチを増やすことで癌治療の可能性を増やすことが期待される。