初代マウス体細胞培養系での相同組換えによる二重鎖切断修復はATMキナーゼではなくBRCA1を必要とする
論文標題 | Double-strand break repair by homologous recombination in primary mouse somatic cells requires BRCA1 but not the ATM kinase |
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著者 | Kass EM, Helgadottir, HR, Chena CC,Barbera M, Wang R, Westermark UK, Ludwig T, Moynahan ME, Jasin M |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Proc Natl Acad Sci USA, 110, 5564-5569, 2013 |
キーワード | ATM , 相同組換え , BRCA1 , DR-GFP , 初代培養細胞 |
DNA二重鎖切断(DSB)は特に細胞毒性の高い損傷であり、相同性を利用するHomology-directed repair (HDR)は哺乳類細胞においてDSBの修復のために重要な意味を持つ経路である。そのため、効率的なHDRは生命体の分化発達におけるゲノム完全性の維持および腫瘍抑制にとって重要であると考えられている。しかしながら、過去のHDRに関する研究の多くはトランスフォームし、不死化した細胞株やES細胞において実施されてきたことから、正常な体細胞におけるHDRも同様な性質を示すかについては疑問が残されていた。今回の研究において、Maria Jasin博士らのグループは、初代体細胞培養系においてHDR効率を解析するための新たなモデルマウスを作製し、その初代培養細胞を用いてHDRに必要とされる因子について報告している。
HDR効率を解析するための基盤として用いたものは、Direct Repeat (DR)-GFPレポーターである。DR-GFPレポーターは、2つの変異型GFP遺伝子(SceGFP,iGFP)および制限酵素I-SceIの認識部位から構成されている。I-SceIによってSceGFP内に誘発されたDSBがiGFPとの間でHDRによって修復されると機能的なGFP遺伝子が回復して発現し、細胞はGFP陽性 (GFP+) となる。つまり、GFP陽性細胞をフローサイトメーターで計測することでHDR効率の評価が可能である。著者らはこのDR-GFPレポーターを、17番染色体上に存在する生存に非必須のPim1遺伝子座 (プロモーター下) に導入した。樹立したPim1Drgfp対立遺伝子を持つマウスを利用して以後の実験を行った。
初代培養細胞でのDSB修復に対するHDRの寄与は未だに明確にはなっていないので、最初にいくつかの組織からの初代培養細胞におけるDSB修復へのHDRの寄与を検証した。胎児期12.5日目のPim1+/Drgfpマウス胎児線維芽細胞(MEFs)および2~4月齢のPim1+/Drgfpマウス耳線維芽細胞について解析したところ、両細胞系においてI-SceI発現ベクター未導入の場合にはGFP+細胞がほとんど検出されなかったのに対し、I-SceI発現ベクター導入細胞ではES細胞よりは低いが、GFP+細胞の頻度の明らかな上昇が見られ、DSBによりHDRが誘導されたことが確認できた。続いて著者らは、いくつかの組織由来の初代細胞におけるHDRレベルについても解析した。神経系におけるHDRの欠損は、発生異常および腫瘍形成に関連していることが知られているので、新生児脳からの初代培養細胞で検討すると、I-SceI導入により同程度のGFP+細胞が観察された。さらに、成体の乳腺および卵巣由来の初代培養細胞においても同様にGFP+細胞が観察された。これらの結果から様々な組織由来の性質の異なる細胞系においてもHDR効率は2.5倍程度の差しかないことが明らかとなった。
乳腺におけるHDRを解析する際に、著者らはほぼ全て(92%)の細胞がGFP+であるマウス個体を発見した。この個体では、DR-GFPレポーターが片親の生殖系細胞において自然発生的な相同組換えを起こしたことが示唆され、全身でユビキタスなGFPの発現が見られたことから、今回作製したマウスでは様々な組織を用いて解析可能だと考えられる。
Pim1+/Drgfpマウス同士で交配するとPim1Drgfp/Drgfpマウスが正常に産まれ繁殖可能であるので、著者らは次に遺伝学的に体細胞におけるHDRに必要とされる因子の決定を試みた。BRCA1は相同組換えにおいて重要な役割を果たすことが示されているが、Brca1のnullマウスは早期の胚性致死を導き、細胞株の樹立もできない。そのため、以前の研究で乳癌患者と類似した変異を導入することにより樹立された生存可能なBrca1モデルマウス (C末にあるBRCTドメインを含めてBRCA1の約半分を欠損したタンパク質をコードするBrca1tr対立遺伝子を両アリルに持つ) を体細胞におけるHDRへの関与を解析するために利用した。著者らは、Brca1tr/trマウスとPim1Drgfp/Drgfpマウスとの交配で得られたマウスからMEFsおよび耳線維芽細胞を採取して検討すると、Brca1tr/tr MEFsは野生型MEFsと比較してHDRが5分の1に低下し、Brca1tr/tr耳線維芽細胞も野生型耳線維芽細胞と比較して同様に減少が見られた。この結果から、BRCA1は乳癌、子宮癌に対する抑制遺伝子であるが、様々な組織で共通してHDRに重要な役割を果たすことが示唆された。
ATMキナーゼはDSBsに応答する細胞周期チェックポイントの活性化に重要なタンパク質であり、培養細胞ではHDRへの関与も報告されているので、次に著者らは体細胞でのHDRにおけるATMの役割を解析した。Atmトランケ―ション変異(Atmtm1Awb =本論文ではAtmWとして簡略化)を含むマウスにPim1Drgfp対立遺伝子を交配で導入し、MEFsおよび耳線維芽細胞を採取して検討した結果、AtmW/W MEFsにおけるHDRは、野生型マウス由来細胞と比較して有意な減少を示さなかった。AtmW/Wマウスの耳線維芽細胞においても同様であり、ATMが体細胞のHDRに関して重要な役割を持たないことが示唆された。次に、キナーゼドメインが破壊された別の変異Atm (Atmtm1Bal =本論文ではAtmbとして簡略化)欠損マウスを用いた解析でも、AtmW/Wマウス細胞と同様にAtmb/bマウスは野生型線維芽細胞と比較して有意なHDRの減少は見られなかった。
Atm欠損マウスの結果についてATMキナーゼ阻害剤を用いて確認するために、野生型Pim1+/Drgfpマウスの初代耳線維芽細胞にI-SceI発現ベクターをトランスフェクションした直後にATM阻害剤であるKU55933を処理したところ、阻害剤濃度依存的にHDRの有意な減少を引き起こした。しかしながら、AtmW/Wマウスの耳線維芽細胞においてもKU55933処理がHDRの顕著な減少を導く一方で、Atmb/bマウスの耳線維芽細胞では高濃度のKU55933処理の場合にのみ、わずかだが有意なHDRの減少を示し、低濃度では影響が見られなかった。この野生型およびAtmb/b細胞で見られたATM阻害剤のHDRに対する異なる結果は、HDRにおいてATM欠損とATMキナーゼ活性の化学的な阻害が互いに異なる効果を持っていることを示唆しており、また、阻害剤処理により活性を失ったATMタンパクがDSB部位に残存することはHDRの妨げになるのかもしれない。
DR-GFPマウス系の樹立は、修復表現型が必ずしも生体内の役割を反映していない可能性のあるトランスフォーム細胞系ではなく、生体内の役割を反映している初代培養細胞系でのHDR研究を可能にした。このモデルマウスを利用した実験から、初代マウス体細胞培養系での相同組換えによる二重鎖切断修復にはATMキナーゼは必要とされず、BRCA1が必要とされることが明らかとなった。さらに、Atm欠損マウスではHDRの減少は見られないにもかかわらず、ATMキナーゼ活性阻害剤が野生型の耳線維芽細胞ではHDRを減少させたことは、ATMキナーゼの化学的な不活化とATMタンパク質の欠損はHDRにおいて等しい効果を示さないことを意味する。
最後に、今回作製されたDR-GFPマウスが広く多様な体細胞組織系においてHDRを解析し、通常のトランスフォームされていない細胞内環境において適切な時間に応じて修復を制御する因子を同定するための強力なモデルとなることを強調して著者らは本論文を結んでいる。
紹介者 坂本裕貴(茨城大学大学院 理工学研究科 田内広研究室)