日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン

論文標題 Guidelines for minimal information on cellular senescence experimentation in vivo
著者 Ogrodnik M, Carlos Acosta J, Adams PD, d'Adda di Fagagna F, Baker DJ, Bishop CL, Chandra T, Collado M, Gil J, Gorgoulis V, Gruber F, Hara E, Jansen-Dürr P, Jurk D, Khosla S, Kirkland JL, Krizhanovsky V, Minamino T, Niedernhofer LJ, Passos JF, Ring NAR, Redl H, Robbins PD, Rodier F, Scharffetter-Kochanek K, Sedivy JM, Sikora E, Witwer K, von Zglinicki T, Yun MH, Grillari J, Demaria M
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell, 187(16): 4150-4175, 2024
キーワード 細胞老化 , 加齢 , In vivo , In situ

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【本文献を紹介する経緯】
近年、加齢や老化と細胞老化との関連が注目されており、X線被ばくは細胞老化の陽性コントロールとして広く利用されている。放射線影響研究においても、被ばくによる細胞老化と慢性炎症が、晩発性障害の一因となることが示唆されている。このため、放射線被ばくと細胞老化に焦点を当てた研究がさらに発展することが期待されている。今回、老化研究の基盤となる文献およびガイドラインを紹介することで、今後の研究の一助となれば幸いである。

【背景・目的】
細胞老化は、不可逆的に細胞周期が停止した状態であり、テロメア短縮、がん遺伝子の活性化、DNA損傷など様々なストレスにより引き起こされる。加齢やストレスにより組織に老化細胞が蓄積し、この老化細胞が心血管疾患、がん、アルツハイマー型認知症などの多くの加齢関連疾患の発症・進展に関与することが知られている。さらに近年では、老化細胞を体内から排除する(Senolytics)ことによる個体老化や加齢疾患、寿命などの制御が試みられている。
一方で、老化細胞は細胞培養モデルを用いて同定および研究されたものであり、それにより確立された老化マーカーは実際の組織微小環境や「in situ」の実験における老化細胞の同定・評価には、その有用性が限られている。加えて、細胞老化に特異的なバイオマーカーがないため、複数の視点から評価しなければならない。以上のことから、細胞老化研究において生体内における老化細胞の適切な解析方法の確立が必要となり、「生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン(Guidelines for minimal information on cellular senescence experimentation in vivo: MICSE)」が作成された。本ガイドラインの目的は、生体を用いた細胞老化に関する研究における品質及び再現性を確保し、生体(in vivo)およびin situサンプルの細胞老化マーカーを用いた評価を容易にすることである。

【主な内容】
1. in situにおける細胞老化マーカーの機能性と手法、臓器・細胞集団間の不均一性
生体内で細胞老化を検出するには、複数のバイオマーカーで評価する必要がある。しかし、どのマーカーが評価に適するのか、異なる組織、病態、年齢で老化細胞を検出するのに最も信頼性の高いエンドポイントの組合せは何かなどについては未だ不明瞭である。ここでは、マウス組織において老化と関連するエビデンスが最もあるマーカーおよび世界で最も利用しやすいマーカーに着目し、細胞周期阻害因子(p21やp16)、核膜崩壊、ダメージおよび病原体関連分子パターン(DAMPS/PAMPS)、DNA損傷を含むin situにおける老化バイオマーカーの機能的および実用的意義について包括的に説明されている。
そして、異なる臓器や細胞において細胞老化の表現型は不均一であるため、以下の3点を考慮し老化細胞の評価を行うことが提唱された:
I. 老化の表現型は不均一であり、単一のマーカーで老化の状態を確認することはできない。
II. 異なる種類の細胞は、老化に対し抵抗性や感受性を示す。
III. 異なる種類の細胞は、異なる老化表現型(異なる老化関連マーカーの発現)を示す可能性がある。
加えて、本ガイドラインでは老齢マウスにおける組織ごとの細胞老化の特異性およびその検出法の特徴についても示されている。

2. 細胞老化研究のための遺伝子改変マウスおよび非哺乳類モデル
様々な遺伝子改変マウスを用いることにより動物における細胞老化の測定や老化細胞が生理機能や病理に及ぼす影響の評価が効率的に実施できる場合がある。細胞周期やDNA修復に関与する遺伝子を操作することで開発された遺伝子改変マウスの応用、長所、限界について説明された。一例としてDNA修復障害による早期老化細胞蓄積マウスモデルとしてTerc、BubR1、Ercc1変異マウスが挙げられている。加えて、薬剤により細胞老化の誘導や老化細胞の除去を行うことが可能であることも言及されている。これらのマウスでは、p21やp16などの老化制御因子のプロモーターから、アポトーシス誘導遺伝子の不活性型が発現され、マウスに薬剤を投与することにより、p21陽性細胞やp16陽性細胞を除去する。近年では、細胞型特異的に老化細胞を除去するトランスジェニックマウスであるp16-LOX-ATTACマウスも開発され、それについての課題なども議論されている。
また、細胞老化は哺乳類特有の現象ではなく、脊椎動物や無脊椎動物を含む動物界全体に広く確認されており、鳥類や両生類、魚類など様々な動物で老化マーカーが検出されている。ここで非哺乳類動物における老化研究の特徴についても説明されている。
またこの他にも、今後の展開として細胞老化評価のためのバイオインフォマティクスについてや、がんサンプルおよびヒトサンプルそれぞれの細胞老化の評価方法やその注意事項ついても指摘している。

3. in vivoにおける細胞老化実験に最低限必要な情報「MICSE」
現在の生体における細胞老化の検出に関するガイドラインが3項目にまとめられた:
I. 観察された現象の細胞老化への関与は、細胞老化の異なる性質を表す少なくとも3つの老化マーカーが発現していると強く主張できる。これらのマーカーのうち少なくとも一つは、p21またはp16発現の増加という形で、安定した細胞周期阻害の証拠である必要がある。
II. 老化が個体または組織に与えている影響に関する情報を提供する必要がある。理想的には2つの独立したアプローチを用いて、組織における老化細胞の存在量やその表現型を減少させる手段を用いる。これにより老化細胞の存在量または活性が減少し、病理学・生理学的表現型の変化と一致したという証拠を提供することが必要である。
III. 老化研究の再現性と信頼性を高めるための情報を提供すること、否定的な結果や仮説とは逆の結果を示した結果を報告すること、また、仮説を支持する結果については、その結果が認められたコホートの数と、実験がうまくいかなかった状況の有無(およびその考えられる理由)、そして結果が予想と異なっていた場合の遺伝子改変マウスの世代を報告することが必要である。

4. 老化細胞が生体内の表現型に寄与していることを証明するための4つのステップ
MICSEの推奨に基づいて、生体内で老化細胞を同定し生物の表現型における老化細胞の役割を証明するための4つのステップについて示された:
I. 一次老化マーカーとしてmRNAまたはタンパク質レベルで細胞周期停止タンパク質p21とp16を検出する。
II. 補助老化マーカーとして核膜崩壊やDNA損傷などの検出、細胞周期停止の検証、分泌表現型の調査を少なくとも2つ行い、老化の表現系を検証する。
III. 遺伝学的あるいは薬理学的なアプローチで老化軽減モデルを作成する。
IV. 老化軽減モデルにより老化表現型への影響を検証する。

【まとめ】
本ガイドラインでは、方法、サンプルの種類、モデルの説明とともに、最先端の老化研究について簡潔にまとめられており、提示されている推奨事項のほとんどがマウスモデルに適用できる。この利用により、生体内における細胞老化の特徴と機能に関する研究のさらなる発展だけでなく、関連疾患に対する老化細胞除去を標的とする新規治療法の開発につながることが期待される。
MICSEは現在の知見に基づくものであり、in vivoにおける老化について解明されていくにつれて更新する必要がある。著者らは5年ごとにMICSEガイドラインを改訂し、in vivoでの細胞老化に関するより多くの専門家からの寄稿を取り入れた改訂を目指している。