日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

MRE11のラクチル化による相同組換え修復の代謝的制御

論文標題 Metabolic regulation of homologous recombination repair by MRE11 lactylation
著者 Chen Y, Wu J, Zhai L, Zhang T, Yin H, Gao H, Zhao F, Wang Z, Yang X, Jin M, Huang B, Ding X, Li R, Yang J, He Y, Wang Q, Wang W, Kloeber JA, Li Y, Hao B, Zhang Y, Wang J, Tan M, Li K, Wang P, Lou Z, Yuan J
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell, 187(2): 294-311, 2024
キーワード 相同組換え修復 , MRE11 , ラクチル化 , PARP阻害剤 , DNA損傷修復

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【背景・目的】
好気性解糖として知られるワールブルグ効果は、ほとんどのがん細胞に共通する代謝的特徴である。この過程では、酸素が存在しているにもかかわらず、大量の乳酸ががん細胞内で産生されることが特徴である。近年、乳酸が単なる代謝産物としての機能を超え、ラクチル化と呼ばれる新規の翻訳後修飾を誘導することが示された。ラクチル化は乳酸の部分構造が結合する修飾であり、ヒストンのリジン残基のラクチル化はクロマチン構造変化を介して遺伝子発現を制御し、非ヒストンタンパク質のラクチル化は腫瘍形成や免疫抑制に関与することが報告されている。がんにおいてDNA修復経路の1つである相同組換え修復(homologous recombination: HR)の過剰活性化ががんにおける化学療法抵抗性の主要な要因であることから、本研究ではHRがワールブルグ効果によって制御されるかどうかを検討した。

【主な結果】
1. ラクチル化はDNA損傷修復と化学療法抵抗性を促進する
ラクチル化は新たに同定された翻訳後修飾であり、その細胞内における役割はほとんど未解明である。乳酸脱水素酵素A(lactate dehydrogenase A: LDHA)は乳酸分泌を促進する主要な酵素であり、この酵素がタンパク質のラクチル化をも媒介する可能性がある。TCGA乳がんコホートのHR欠損スコア解析では、LDHA発現レベルが高い患者はHR欠損スコアが低いことが確認された。このことから、高濃度の乳酸、もしくはタンパク質のラクチル化がHR修復機能に寄与する可能性が示唆された。この仮説を検証するため、ラクチル化を誘導する乳酸ナトリウム(sodium lactate: NALA)を細胞に処理し、HRレポーターアッセイを実施したところ、HR頻度の増加が認められた。また、プラチナ製剤であるシスプラチンやPARP(poly-(ADP-ribose) polymerase)阻害剤であるオラパリブによるヒト乳がん及び卵巣がん細胞の生存率低下はNALA処理により抑制され、ラクチル化が化学療法抵抗性の獲得に関与することが示唆された。

2. CBPアセチル転移酵素によってMRE11のK673がラクチル化される
主要なHR関連タンパク質のラクチル化を評価した結果、MRE11が細胞内で顕著にラクチル化されていることが明らかとなった。先行研究において、ラクチル化が酵素依存性および非酵素依存性の両様式で生じることが報告されていることから、MRE11のラクチル化メカニズムを解明するため、複数のアセチルトランスフェラーゼをスクリーニングした。その結果、CBPがMRE11のラクチル化を媒介する主要な酵素であることが明らかとなり、質量分析により、MRE11のDNA結合ドメインに位置するリジン673(K673)がDNA損傷応答における重要なラクチル化部位であることが判明した。このリジン残基をアルギニンに置換したMRE11-K673R変異体を作製し、in vitroラクチル化アッセイを行ったところ、野生型 MRE11はラクチル化されたが、MRE11-K673Rではラクチル化されなかった。これらの結果から、K673はDNA損傷に応答してCBPによってMRE11がラクチル化される主な部位であることが示唆された。

3. MRE11のラクチル化はDNA末端切除とHRを促進する
K673がDNA結合ドメインに位置することから、MRE11のラクチル化がDNAとの結合に関与しているかを評価した。in vitro DNA結合アッセイの結果、MRE11のラクチル化が二本鎖DNAおよびオーバーハングDNAへの結合を促進することが示唆された。次に、MRE11のラクチル化がDNA末端リセクションに及ぼす影響を調べたところ、NALA処理によりシスプラチン処理後の末端リセクション頻度が増加し、この効果はラクチル化を阻害するLDH阻害剤(LDHi)処理により逆転した。
末端リセクション頻度が増加したため、HR頻度およびゲノム安定性に対する影響も評価した。NALA処理によりHR頻度が上昇した一方、MRE11-K673R変異体ではHR頻度が減少し、染色体断片化が増加することが明らかとなった。続けてin vivoにおけるDNA損傷修復におけるラクチル化の役割を検証した結果、マウスに10 Gyの放射線を照射した後にNALA処理することにより、肺組織ではγ-H2AX陽性細胞数が著しく減少し、腸では絨毛の長さが増加した。一方で、これらの効果はラクチル化を阻害するCBP阻害剤(CBPi)またはLDHi処理により逆転した。

4. MRE11のラクチル化阻害はがん細胞の化学療法感受性を高める
複数のがん細胞株(MDA-MB-231, HCT116, RKO細胞)を用いてシスプラチンおよびオラパリブ処理後の生存率をコロニーアッセイで評価した結果、NALA処理により生存率が上昇し、化学療法抵抗性を示した。一方で、CBPiまたはLDHiを併用することで生存率が低下し、化学療法に対する感受性が向上することが示された。さらに、in vivoにおける効果を評価するため、MRE11-K673ラクチル化レベルが最も高かった大腸がん患者由来の異種移植片を6週齢のヌードマウスに皮下移植し、腫瘍体積を経時的に測定した。その結果、オラパリブ単独での腫瘍退縮効果は、CBPiや LDHi の併用処理により増強されることが示された。そのため、CBPiや LDHiと化学療法の併用は、MRE11-K673ラクチル化レベルが高いがんに対する有効な治療戦略となる可能性が考えられるが、CBPやLDHを標的とする治療は複数のシグナル伝達経路に影響を与える可能性があるため、MRE11のK673ラクチル化を特異的に阻害するペプチドを合成した。このペプチド阻害剤と化学療法を併用することで、腫瘍退縮効果が増強することが確認された。

【まとめ】
がん細胞において乳酸誘導性のMRE11ラクチル化がHRの過剰活性化を引き起こし、これが化学療法抵抗性に寄与することが示された。この知見は、MRE11のラクチル化がPARP阻害剤抵抗性を識別する有力なバイオマーカーとして機能しうる可能性を示唆している。さらに、MRE11のK673残基におけるラクチル化レベルが高いがんに対しては、CBPi、LDHi、ペプチド阻害剤をプラチナ製剤やPARP阻害剤と併用することで、化学療法抵抗性の克服が期待される。また、放射線治療と化学療法を組合せた化学放射線療法においても上記の阻害剤を併用することで、治療効果の増強および耐容線量の低減が期待される。これによりがん治療患者のQOL向上に寄与する可能性がある。

【参考文献】
[1] Lu Z, Zheng X, Shi M, Yin Y, Liang Y, Zou Z, Ding C, He Y, Zhou Y, Li X. Lactylation: The emerging frontier in post-translational modification. Front Genet. Volume 15, 1423213, 2024.