低LET電離放射線被ばく後のDNA修復に対する相同組換えの相対的寄与の線量依存的変化:実験的証拠と数値シミュレーション
論文標題 | Dose-Dependent Shift in Relative Contribution of Homologous Recombination to DNA Repair after Low-LET Ionizing Radiation Exposure: Empirical Evidence and Numerical Simulation |
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著者 | Belov O, Chigasova A, Pustovalova M, Osipov A, Eremin P, Vorobyeva N, Osipov AN |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Curr Issues Mol Biol, 45(9): 7352-7373, 2023 |
キーワード | DNA二重鎖切断 , DNA修復経路 , 相同組換え , 非相同末端結合 , 数理モデル |
【背景・目的】
DNA二本鎖切断(DSB)は、放射線被ばくによって引き起こされる場合がある。これに対する主要な修復メカニズムとして、非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え修復(HR)があり、修復経路の選択は線量や細胞周期によって異なる。特に、低線量被ばくによる損傷では、各修復経路の寄与が線量依存的に変わる可能性が示唆されている。しかし具体的なメカニズムや寄与割合については未解明の部分が多い。
この研究の目的は、低線量および高線量の放射線被ばくにおいて、HRをはじめとする各修復経路がどのように貢献するかを定量的に評価し、線量依存的な修復経路のシフトを明らかにすることである。著者らは、実験データと数理モデルを用いて、線量の増加に伴う各経路の修復寄与の変化を解析し、特に低線量の放射線におけるHR経路の重要性と、高線量におけるNHEJ経路へのシフトを解明することを試みた。
【主な結果】
1. γ-H2AXフォーカス動態とDSB修復過程の線量依存的特徴
ヒト線維芽細胞に対して、40mGy/min、100kVのX線を20、40、80、160、150、500、1000mGy照射した。 照射後、γ-H2AXフォーカスの動態は線量依存的な特徴を示し、500 mGyおよび1000 mGyの線量ではフォーカスのピークが照射後0.25~1.0時間で観察された。一方、20~250 mGyの線量ではピークが0.25~2.0時間で確認された。また、照射後約4時間になると、NHEJ経路による迅速なDSB修復が完了し、γ-H2AXシグナルが急激に減少した。その後、複雑なDSBがHR経路によって修復されるため、照射後24時間にわたり遅い修復過程が進行した。さらに、40~80 mGyの低線量を受けた細胞では、24時間後のγ-H2AXフォーカスレベルが0mGyの対照群の値まで低下しないことが確認され、低線量放射線がDSB修復速度を遅延させる可能性が示唆された。
2. Rad51フォーカスによるHR経路の評価
HR経路の寄与を評価するため、Rad51フォーカスの変化を解析した。照射後2時間で統計的に有意な増加が認められ、6時間で最大値に達した。6時間以降はRad51フォーカスの減少が観察され、24時間後には160~1000 mGyを被ばくした細胞で対照群と同程度まで低下した。一方、40 mGyおよび80 mGyを被ばくした細胞では、24時間後もRad51フォーカスレベルが対照群の値を上回っており、低線量照射後のHR経路の持続的な活性化が示された。
3. HRの寄与は線量依存的に減少する
DSB修復モデルの妥当性を確認するため、γ-H2AXおよびRad51フォーカスの時間変化を、数理モデルと照射実験データにより解析した。HR経路がDSB修復に寄与する割合を計算すると、HR経路の寄与は線量に依存してほぼ指数関数的に減少するパターンを示した。これは細胞株、放射線の種類などに依存すると考えられ、HR経路がこれらの要因にどのように依存するかについては、より詳細な検討が必要である。
4. S/G2期細胞の割合は線量依存的に変化する
HRを介したDNA修復は主に細胞周期のS/G2期で行われるため、得られた結果を正確に解釈するには、照射された細胞集団におけるS/G2期細胞の割合の変化を推定する必要がある。低線量(20~80 mGy)のX線照射では、S/G2期細胞のタンパク質マーカーであるCENPF陽性細胞の割合が増加することが確認された。一方、160~1000 mGyの線量を照射した場合、S/G2期にある線維芽細胞の割合の変化パターンは、線量に依存してほぼ指数関数的に減少する特徴を示した。
【考察・まとめ】
この研究では、低線量および中線量のX線照射後のγ-H2AXおよびRad51フォーカスの動態変化を解析し、DSB修復メカニズムの線量依存的変化を明らかにした。低線量の被ばくではエラーのないHR経路への依存度が高くなり、高線量の被ばくではHR経路は抑制され、エラーを起こしやすくとも迅速なNHEJ経路が優勢になった。CENPF陽性細胞の変化から、この抑制はS/G2期の細胞の割合の減少に関連していると考えられた。特に、低線量放射線にさらされたS/G2期細胞でのHR経路の調節に焦点を当てた更なる研究により、HR経路の抑制が直接的な放射線の影響に起因するのか、細胞周期ダイナミクスの変化に起因するのかが明らかになると期待される。