DNA-PKcsによるシグナリングの大規模包括的解析で明らかになったリン酸化基質特異性の新たな特徴
論文標題 | In-depth mapping of DNA-PKcs signaling uncovers noncanonical features of its kinase specificity |
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著者 | Marshall S, Navarro MVAS, Ascenҫão CFR, Dibitetto D, Smolka MB |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
J Biol Chem, 300(8): 107513, 2024 |
キーワード | DNA-PKcs , ATM , DNA二本鎖切断(DSB) , DNA損傷応答 , プロテオーム解析 |
【背景・目的】
DNA-PKcsは、DNA二本鎖切断(DSB)の修復過程で重要な役割を果たすPIKK(Phosphatidylinositol 3-kinase-related kinase)ファミリー(注1)に属するタンパク質リン酸化酵素である。特に非相同末端結合(NHEJ)経路における修復を主導し、Ku70/Ku80との相互作用によりDNA損傷部位にリクルートされる。また、自身や他のNHEJ関連タンパク質(Ku、XRCC4、XLFなど)のリン酸化を通じて修復プロセスを促進する。近年の研究から、DNA-PKcsがDNA修復以外にもRNAプロセシングやDNA複製などの核内プロセスにも関与していることが示唆されている。しかしながら、DNA-PKcsがどのような基質を通じてこれらのプロセスを制御しているのかはあまり分かっていない。さらに、PIKKファミリーに属するタンパク質リン酸化酵素ATMとの役割の重複により解明はさらに複雑になっている。
本研究は、DNA-PKcsとATMの基質への依存性やリン酸化の特異性を詳細に明らかにすることを目的として、電離放射線によって誘導されるリン酸化の定量的プロテオーム解析を行った。
【方法の概要】
細胞はAMLV(Abelson murine leukemia virus)で不死化したLig4(-/-)欠損マウスB前駆細胞およびヒト大腸癌HCT116細胞を用いた。Lig4(-/-)欠損細胞はNHEJによるDSB修復機能が低いことにより、DSBが蓄積し、DNA-PKcs、ATMのシグナルが持続、増強することが期待できる。また、AMLVで不死化したB前駆細胞は、ABLキナーゼ阻害剤によってG1期にアレストされ、S期からG2期に活性化するPIKKであるATRの作用を最小限にすることが期待できる。リン酸化プロテオーム解析は、SILAC(Stable isotope labeling of amino acids in cell culture)法(注2)によって行った。放射線照射は137Csγ線源を用いて、0.89 Gy/minで20 Gyの照射を行い、90分後に細胞を回収した。DNA-PK阻害剤NU7441、ATM阻害剤KU55933は最終濃度10 μMで照射1時間前に添加した。
【主な結果】
1. 電離放射線(IR)によって誘導されるリン酸化部位のマッピング
・13,938個のリン酸化ペプチドが同定され、そのうち2,258個が2倍以上のリン酸化増加を示した。この数はこれまでの関連研究を超え、最大のものである。
・DSB応答に関わるタンパク質においてはATMおよびDNA-PKcsの既知のリン酸化モチーフS/T-Qモチーフ(注3)が支配的であるものの、それ以外の部位も多数検出された。
2. ATMとDNA-PKcsの基質依存性の違い
・DNA-PK阻害剤単独で半分以下に抑制されたリン酸化部位は約7%、ATM阻害剤単独で半分以下に抑制されたリン酸化部位は約20%、DNA-PK阻害剤とATM阻害剤の併用で半分以下に抑制されたリン酸化部位は約80%であった。このことから、ATMとDNA-PKcsの機能は重複しており、互いに一方の機能の喪失の大部分を補うことが分かった。
・その一方で、ATMとDNA-PKcsの基質特異性の違いが見られた。たとえば、RNAプロセシングに関与するタンパク質はATMとDNA-PKcs両方の影響を受けているが、転写調節に関するタンパク質はATMもしくはDNA-PKcsのどちらかに大きく依存している。これらの結果は、ATMとDNA-PKcsが部分的に基質を共有しつつも、それぞれ独自の基質を持つことが示唆された。
3. DNA-PKcsの新たなリン酸化モチーフS/T-ψ-D/E
・DNA-PKcsは、S/T-Qモチーフとは異なるS/T-ψ-D/Eモチーフ(注4)を持つ基質を多くリン酸化することを見出した。また、+2位置(注4参照)の残基は、+1位置(注4参照)とは独立してDNA-PKcsによるリン酸化されやすさを決定している可能性があることが分かった。
・In vitro実験により、DNA-PKcsがこのモチーフを直接リン酸化する能力を持つことを確認した。さらに、モチーフの+1位置や+2位置の残基を変異させると、リン酸化が低下することが示された。特に、+1位置における変異ではより顕著な低下が見られたことから、DNA-PKcsによるリン酸化に重要であると考えられた。
4. 基質認識ポケットの構造解析
・DNA-PKcs、ATM、ATR、SMG1の触媒ドメインのアミノ酸配列を比較すると、DNA-PKcsでは基質認識ポケットにおいて、活性化ループ内にF3952が挿入されている。これによって、他のPIKKと比べて+1位置のアミノ酸残基に対する柔軟性が向上している可能性が示唆された。
【考察・まとめ】
本研究は、これまでの関連研究を超える規模での包括的な定量的リン酸化プロテオーム解析によって、DNA-PKcsおよびATMによるリン酸化部位を多数明らかにし、各部位のリン酸化におけるDNA-PKcsおよびATMの役割を明らかにした。DNA-PKcsによるリン酸化のモチーフとして、S/T-Qモチーフに加え、S/T-ψ-D/Eモチーフを見出した。これにより、DNA-PKcsが従来知られていたDNA修復に加え、RNAプロセシング、転写、DNA複製など、広範な核内プロセスに関与する可能性が示された。また、ATMとはほぼ無関係にDNA-PKcsの活性に依存するリン酸化の基質も明らかになった。そして、この基質グループではS/T-ψ-D/Eモチーフが多く発見された。さらに、ATM、ATRなどと異なるDNA-PKcsの基質認識ポケットの柔軟性が、基質多様性を支えていること可能性を示した。新たなDNA-PKcsのシグナル伝達の様式を解明は、がん治療におけるDNA-PKcs阻害剤の臨床試験や治療法の設計をより発展させるために重要であり続けるだろう。
注1)PIKKファミリー:ヒトに存在する約500種類のタンパク質リン酸化酵素のうち、一般的なタンパク質リン酸化酵素より脂質リン酸化酵素により高い相同性を示すものをグループ化したもので、共通の祖先分子から進化、機能分化したものと考えられる。DNA損傷応答に関わるDNA-PKcs、ATM、ATRの他、ナンセンスmRNA分解に関わるSMG1、細胞生存、増殖制御に関わるmTOR、タンパク質リン酸化活性を持たないTRRAPがある。
注2)SILAC法:定量的プロテーム解析の代表的な手法の一つ。比較するサンプルの一方を通常の培地、もう一方を天然存在比が低い炭素、窒素の安定同位体13C、15N標識したアミノ酸(たとえば、リシンとアルギニン)含有培地で培養する。これらのサンプルを等量混合し、プロテアーゼ処理によって生じたペプチド断片を液体クロマトグラフィー、質量分析によって解析を行う。両サンプルから得られた対応するペプチド断片は化学的性質(つまり、液体クロマトグラフィーでの挙動など)はほとんど同じであるが、質量だけが異なる(13C、15N標識培地で培養した方がわずかに大きくなる)ことで区別できる。この質量が異なるピーク強度の比から、サンプル間での存在比(この場合は放射線照射による増加)を求める。
注3) S/T-Qモチーフ:リン酸化を受けるセリン(S)またはスレオニン(T)のC末端側にグルタミンが並ぶアミノ酸配列モチーフ。
注4) S/T-ψ-D/Eモチーフ:リン酸化を受けるセリンまたはスレオニンのC末端側に一つ隣(+1位置)に大きな(bunky)疎水性アミノ酸(フェニルアラニン(F)、イソロイシン(I) 、ロイシン(L)、バリン(V)をまとめてψで表す)、二つ隣(+2位置)に酸性アミノ酸であるアスパラギン酸(D)またはグルタミン酸(E)が並ぶアミノ酸配列モチーフ。