進化したヒストンテールが損傷したクロマチンにおける53BP1の集積を制御する
論文標題 | Evolved histon tail regulates 53BP1 recruitment at damaged chromatin |
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著者 | Jessica LK, Melissa LF, Kaiyuan VS, Wan S, Kyle T, Clare MS, Seong-Ok L, Eloise D, Weixing Z, Brian K, Nicholas RP, Justin WL |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat Commun, 15: 4634, 2024 |
キーワード | DNA damage response , 53BP1 , H2AX , MDC1 |
【背景・目的】
DNA損傷応答(DNA damage response: DDR)経路は、DNA修復において極めて重要な働きを持ち、DDR因子のなかでもヒストンH2AXが中心的役割を担う。DNA損傷が生じると、PI3K関連キナーゼがH2AXのセリン139(S139)をリン酸化し(γH2AX)、一連のシグナル伝達が開始される。γH2AXはDNA損傷部位から1〜2 Mbp程度にわたって広がり、損傷部位へMDC1や53BP1を効率的に集積させる。興味深いことにS139を含むC末端のSQ[E/D]Φモチーフ(疎水性アミノ酸: Φ)は進化的に保存されているにもかかわらず、C末端のリンカー領域の配列は種により多様である。これまでの研究からH2AXのSQ[E/D]ΦモチーフはDNA修復シグナルの伝達に不可欠であることが知られているが、DDR経路に対するH2AXの最小モチーフは未だ明らかになっていない。本紹介論文では、DDRの活性化に必要なH2AX C末端の最小モチーフを検討し、H2AXのリンカー領域との相互作用によってMDC1非依存的に53BP1の電離放射線誘発フォーサイ(Ionizing radiation-induced foci: IRIF)が形成される分子機構を見出した。
【結果の概要】
1. H2AX C末端の(X)pSQEYモチーフ(任意のアミノ酸: X)はDDR活性化のための最小モチーフである
DDRに必要なH2AXのC末端側最小モチーフを明らかにするため、120番目から138番目までのリンカー領域の部分欠失変異株を作製し、H2AXノックアウト細胞に発現させた。H2AX Δ120-136を発現させた細胞では、γH2AXおよびMDC1、53BP1のIRIFが観察されたのに対して、Δ120-137発現細胞ではγH2AXのみIRIFが消失した。また、Δ120-138を発現させるとγH2AXおよびMDC1、53BP1のIRIFが消失した。H2AXの138番目のアミノ酸はAであるが、Δ120-137発現細胞において138番目のAをLまたはTに置換した変異体ではΔ120-137発現細胞と同様の表現型が観察された。このことからDSB部位へのMDC1および53BP1の集積には138番目のアミノ酸残基が必要だが配列特異性はないことが示された。次に(X)pSQEYがDDRの最小モチーフかどうかを確認するため、H2AXのバリアントであるH2AZおよびmacroH2A1のC末端にSQEY配列を結合させた変異タンパク質を作製した。これらのタンパク質を発現させたH2AXノックアウト細胞において、MDC1および53BP1のIRIFは形成されたことからH2AXの(X)pSQEYモチーフはDDRに必要であることが示唆された。
2. H2AXは、MDC1とは独立して、損傷部位へ53BP1を集積させる
MDC1と相互作用することが知られているH2AXのY142をLに置換した結果、Y142L変異体発現細胞ではMDC1のIRIFが形成されないにも関わらず53BP1のIRIFが形成された。これまで53BP1の集積は、MDC1-RNF8-RNF168-H2AK15ub経路を介すると考えられてきたが、本結果は、新しい53BP1集積経路の存在を示唆している。次にMDC1非依存的な53BP1の集積が、DDRに必要なC末端の配列を介しているかについて、H2AZおよびmacroH2A1のC末端にSQEL配列を発現させた変異体を用いて検討した。その結果、53BP1のIRIFは形成されなかった。そのため、H2AXのリンカー配列を介してMDC1非依存的に53BP1が集積することが示唆された。
3. H2AXリンカー領域を介した53BP1のIRIF形成の分子機構
H2AXと相同な機能を持つ酵母HTA1(yHTA1)をH2AXノックアウト細胞に発現させても53BP1のIRIFは形成されなかったが、yHTA1にH2AXのリンカー領域を融合させた変異体発現細胞では53BP1のIRIFが部分的に形成された。また、リンカー領域に変異を導入する実験により、領域内に存在するGKK--Q配列が53BP1のIRIF形成に必要であることを見出した。さらに、pull down実験によりH2AXのリンカー領域は、53BP1のtudor領域およびオリゴマー化領域と相互作用することが明らかとなった。
4. H2AXリンカー領域を介した53BP1のフォーサイ形成は細胞周期により制御される
H2AXのリンカー領域依存的な53BP1のフォーサイ形成が細胞周期に依存しているかについて、IRIFではなく、S期特異的にDNA損傷を誘導するカンプトテシンによって形成されるフォーサイにより検討した。カンプトテシンを処理したH2AX野生型発現細胞は53BP1フォーサイを形成したのに対して、H2AX Y142L発現細胞では53BP1フォーサイを形成しなかった。したがって、S期における53BP1フォーサイ形成はH2AXのリンカー領域に依存せず、細胞周期により53BP1集積の分子機構は異なることが示唆された。
【まとめ】
本論文ではH2AXのC末端における(X)pSQEYがDDR活性化のための最小モチーフであること、H2AXはリンカー領域内に存在するGKK--Q配列を介してMDC1非依存的に53BP1を集積させることが示された。H2AX C末端リンカー領域は進化の過程で多様に変化しているが、DNA修復を効率的かつ正確に行うために必要なGKK--Q配列といった特異的な配列は高度に保存されていることが明らかとなった。放射線誘発DDRシグナル伝達の詳細な解析は、放射線影響を理解するうえで重要な知見となるため、今後、さらなるDDR経路制御機構の解明が期待される。