日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

メチオニン補足は放射線被ばく後のマウス造血を促進する

論文標題 Dietary methionine supplementation promotes mice hematopoiesis after irradiation
著者 Zhang WW, Xiang Y, Chen L, Liu ST, Lin CC, Li JX, Xiang LX, Chen NX, Shi DL, Zhang YY, Wang XY, Hu LY, Chen S, Luo Y, Tan CN, Xue PP, Jiang YZ, Li SC, Yang ZX, Dai JG, Li ZJ, Ran Q
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mil Med Res, 11(1): 83, 2024
キーワード Radiation exposure(放射線被ばく) , Bone marrow hematopoiesis(骨髄造血) , Methionine(メチオニン) , Macrophage(マクロファージ) , S100A4(S100カルシウム結合タンパク質A4)

► 論文リンク

【背景・目的】
高線量放射線の全身性被ばくは、生命を脅かす急性放射線症候群を引き起こす可能性がある。急性放射線症候群は放射線感受性の高い臓器に生じる一連の障害であり、致死線量の放射線による腸管や骨髄の障害は個体を死に至らしめる。放射線が生体へ及ぼす有害事象を軽減する対策やその学術的基盤は未だ整備途上にあり、今後の原子力の安全利用や将来の宇宙開発、核テロの脅威等だけでなく、放射線治療における正常組織の防護にも対応可能な被ばく医療の充実が求められている。著者らは、放射線ばく露マウスモデルにおける骨髄造血再構成を制御するアミノ酸に着目して、放射線被ばく後の新たな造血再建治療戦略について議論しているので、本論文を紹介したい。

【結果】
1. 放射線ばく露マウスの生存期間と血清中のアミノ酸含量には相関性がある
8週齢雄C57BL/6マウスに対して60Coγ線7 Gy(線量率0.69 Gy/分)を全身ばく露すると、照射後10日から14日目および照射後18日から21日目にかけて段階的にマウスが死亡した。それぞれEarly death(ED)群およびLate death(LD)群とし、30日間生き残ったSurvival(S)群を加えた3群を設定し、ED群は照射直後、3日目、7日目、LD群は加えて照射後14日目、S群はさらに照射後21日目と28日目にも血清を回収し、アミノ酸プロファイルを比較した。S群ではメチオニンを含む大部分のアミノ酸が照射直後から7日目にかけて増加した一方で、ED群とLD群では照射後に一時的な減少が認められた。S群における血清中のメチオニン含量が他の2群よりも高く、著者らは3群間で最も有意な差があったメチオニンに着目した。

2. メチオニン補足がマウス骨髄造血における放射線耐性を高める
放射線全身ばく露の前日にメチオニン濃度が0.2、2(標準)、10、20または40 g/kgとなる精製飼料をマウスに与えると、10 g/kgの飼料摂取で30日間生存率が改善する傾向を示したものの、メチオニン濃度が標準濃度より低い場合、または10 g/kgより多い場合には生存率が低下した。次に、0.2 g/kgの低メチオニン飼料(L-Met)、標準飼料、および10 g/kgの高メチオニン飼料(H-Met)を採用し、マウス骨髄造血における影響を評価したところ、摂取するメチオニン濃度の増加に伴い血清および骨髄メチオニン含量も増加し、H-Met群では抹消血球数および骨髄有核細胞数の回復が認められたものの、L-Met群では逆に造血系の放射線被ばくに対する脆弱性を高める結果となった。

3. メチオニン補足は放射線ばく露後の骨髄細胞外マトリックス(ECM)存在量を維持する
著者らはメチオニン補足がECMタンパク質を介して骨髄造血を再構築するという仮説を立てた。LC-MS/MS解析により、放射線ばく露後のマウス大腿骨から全294種類のECM関連タンパク質を同定し、H-Met群ではL-Met群と比較して照射後3日目および7日目の骨髄ECM存在量が増加する傾向が示された。特に、カルシウム結合モチーフを有するS100タンパクファミリーに属しているS100カルシウム結合タンパク質A4(S100A4)の有意な発現増加が認められた。

4. メチオニン補足はマクロファージにおけるS100A4発現を増加し、炎症を抑制する
マウス骨髄中のS100A4はメチオニン補足濃度と正の相関関係にあり、特に骨髄マクロファージにおける発現増加が認められた。ただし、全てのマクロファージがS100A4発現を示すわけではなく、H-Met群は骨髄マクロファージのM1分極を阻害しM2分極を促進しており、大部分のM2マクロファージがS100A4を発現していた。マクロファージ分極は骨髄における炎症制御に関与しており、H-Met群は放射線ばく露後の炎症性サイトカインの産生を抑制し、L-Met群ではその逆の作用を示した。

5. S100A4はマクロファージ分極を制御し、STAT3を介して骨髄の炎症を調節する
マウス大腿から採取した骨髄由来マクロファージ(BMDMs)およびマウスマクロファージ様細胞(RAW264.7)に対し、1.5 mg/Lの低メチオニン培地、30 mg/Lの標準メチオニン培地、または300 mg/Lの高メチオニン培地をそれぞれ用意すると、高メチオニン培地では放射線ばく露後のアポトーシスを抑制し、S100A4、M2マクロファージマーカーCD206およびArg-1発現がメチオニン濃度と正の相関関係にあった。RAW264.7細胞に対してS100A4阻害剤(HY2268A)を添加すると放射線ばく露後のM2分極が阻害され、反対にS100A4を過剰発現させるとM2分極が促進した。RNA-seq解析によりJAK-STATシグナル伝達経路の関与が示唆されたため調べてみると、メチオニンとS100A4はSTAT3のリン酸化を増強し、HY2268A処理でSTAT3のリン酸化は抑制された。STAT3作動薬(Colivelin)はM2分極を促進し、STAT3阻害剤(Stattic)ではその逆の作用を示した。さらに高メチオニン培地にHY2268AまたはStatticを添加すると抗炎症サイトカインの抑制および炎症誘発サイトカインの産生増加が起こり、Colivelinの添加ではその逆の作用を示した。

6. メチオニン補足は造血幹/前駆細胞(HSC/HSPC)の増殖と分化を促進する
Lineage-/Sca-1+/c-Kit+で分画したHSC/HSPCの割合は、H-Met群の照射後7日目で増加傾向、照射後14日目では有意に増加していた。H-Met群に対して照射後1日目および5日目にクロドロネートリポソーム(Clo-lip)を腹腔内投与したところ、骨髄マクロファージの枯渇によりLineage-/Sca-1+/c-Kit+で分画したHSC/HSPCの割合も大幅に減少し全個体が死亡したため、メチオニン補足によるマクロファージの調節は放射線ばく露後の骨髄造血再構築に重要である。

【まとめ】
本論文では、放射線ばく露マウスモデルを用いて、メチオニンがマクロファージにおけるS100A4発現を上方制御し、JAK-STATシグナル伝達経路を介して骨髄における炎症反応を緩和させ、骨髄造血を再構築し、マウスの放射線耐性を高めることを最初に実証した。この発見が、放射線被ばく後の新たな造血再建治療戦略の開発に役立つことが期待される。