日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

テロメア末端問題はゲノムDNA損傷応答とは機能的に区別される

論文標題 The telomere deprotection response is functionally distinct from the genomic DNA damage response
著者 Cesare AJ, Hayashi MT, Crabbe L, Karlseder J
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol Cell, 51, 141-155, 2013
キーワード テロメア , DSB応答 , 細胞周期チェックポイント , 老化

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 テロメアは真核生物の染色体末端にある構造で、数kbpに及ぶ繰り返し配列と蛋白質複合体シェルタリンとによってt-loopと呼ばれる構造を形成することで染色体末端を保護する役割を持つ。テロメアの長さは細胞分裂可能回数を制限するため、細胞寿命の決定因子の一つとして注目を集めてきた。テロメア研究では主にシェルタリン複合体の構成因子をノックアウトしたテロメア欠失細胞が用いられており、そのような細胞では急性の非常に強い表現型(uncapped-state)を示すことが知られている。また、このノックアウト細胞ではゲノム上に生じるDNA二重鎖切断(DSB)が引き起こすものと同等な損傷応答(DDR)が活性化すると考えられてきた。
一方で、細胞老化に伴うテロメアの短縮ではuncapped-stateで見られるようなテロメアの崩壊や急性の強い表現型を示さず、intermediated-stateと呼ばれる中間的な構造をとる。そのため、生理的な条件下でのテロメアの末端保護問題を解明するにはintermediated-stateを解析することが重要だと考えられる。今回紹介するMol Cell誌の論文でKarlsederらは、ノックダウン効率の異なる複数のshRNAを組み合わせることでintermediated-stateテロメアをin vitroで再現し、老化細胞で見られるテロメアの短縮とそれに伴う細胞周期の休止状態について考察している。そのなかで、uncapped-stateのテロメアで活性化するDDRとは異なり、intermediated-stateではCHK2のリン酸化を伴わないdifferential DDRが活性化し、その経路ではG2/Mチェックポイントが機能せず、G1/Sチェックポイントが活性化することで細胞がG1/G0で休止することを見いだした。
まず、シェルタリン複合体の構成因子であるTRF2を異なる7種類のshRNAでノックダウンし、それらの細胞の表現型を解析した。その結果、最も効率の良かった細胞ではテロメア末端融合などuncapped-stateと同等な表現型を示し、一方、それよりも効率が低かった細胞ではテロメア領域にH2AXの蓄積が見られたが、テロメア末端融合は生じていないintermediated-stateの表現型を示した。uncapped-stateとintermediated-stateテロメアを同じ培養細胞株から誘導することに成功したので、さらにその細胞学的特徴を解析した結果、どちらのノックダウン細胞でも見られたH2AXの蓄積はATMに依存することが示されたが、その下流で見られるCHK2-T68のリン酸化がintermediated-stateの細胞では見られなかった。どちらのノックダウン細胞でも1 Gyの放射線照射によってCHK2-T68のリン酸化が同程度誘導されたことから、intermediated-stateテロメアはDSBとは異なる機構で認識されている可能性がある。さらにそれぞれのノックダウン細胞の細胞周期を解析した結果、どちらの細胞でもテロメア領域にH2AXの蓄積が認められたのにも関わらず、分裂期を経てG1期に移行した。放射線を照射すると両細胞はどちらも分裂期に入らなくなったため、G2/Mチェックポイントは正常に機能していると考えられる。これらの結果もintermediated-stateテロメアがDSBとは異なるチェックポイント経路を活性化することを示唆する。また、この際に蓄積したH2AXが娘細胞に受け継がれるという現象も観察された。
次に初代培養のノックダウン細胞を用いて詳細に細胞周期を解析した結果、不死化した細胞株と同様にCHK2-T68のリン酸化を伴わないdifferential DDRの活性化が認められ、ノックダウンから5日目には70%以上の細胞がG1/G0に停滞することが示された。このノックダウン細胞の分裂期の染色体を観察すると、半数以上の細胞でテロメア領域に10個以上のH2AXフォーカスが観察された。先行研究から、5個以上のintermediated-stateテロメアがG1期の細胞に存在する場合、その細胞はG0期で停止することが示唆されている(Kaul et al., 2012)。先の結果で分裂期に蓄積したテロメア領域のH2AXが娘細胞に受け継がれることが観察されたため、ランダムに分配されたとして、片方の娘細胞に5個以上のintermediated-stateテロメアが受け継がれる確率は高い。著者らは、この受け継がれたintermediated-stateテロメアが細胞をG1/G0期に停止させる原因であると結論している。さらに初代培養細胞を長期培養することで老化を誘導した場合でも、ここで示されたdifferential DDRが活性化することが確認された。これらのデータはテロメアが短縮した老化細胞がどのようなメカニズムでG0期に休止するのかを示した点で新しい研究だと思われる。
これまでの研究ではノックアウトによりテロメアを完全に破壊し、表現型を解析することでその意義が語られてきたが、その存在量が重要であるシェルタリン複合体の性質を考慮し、ノックダウンによって量を調節することで連続的な変化をin vitroで再現しようとした試みは優れた着眼点だと思われる。その結果、テロメアの欠失はゲノム上に生じるDSBと同様な損傷応答を活性化すると考えられてきたが、それとは異なるdifferential DDRを活性化することを明らかにした。ただ、uncapped-stateテロメアを生じている細胞(CHK2-T68のリン酸化が見られる)でも分裂期で停止せず、次の細胞周期へ移行することが観察されるなどの問題も残っている。これは、TRF2単独のノックダウンではシェルタリン複合体が部分的に機能するため、完全なuncapped-stateテロメアを再現できていない可能性が考えられる(Sfeir and de Lange, 2012)。また、differential DDRがどのようにしてCHK2-T68のリン酸化を抑えているのかも未解明である。ATMシグナルの完全な活性化にはクロマチンの構造変換(リモデリング)が必要だと報告されており、intermediated-stateテロメアに存在するTRF2がリモデリングを抑制している可能性も考えられる。今後これらの未解決な点が解決されることで、細胞老化に伴うマイルドなテロメアの短縮とそれを引き金とした細胞増殖の休止メカニズムをin vitroで解明することができるかもしれない。