日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

マウス骨肉腫細胞におけるCTCs様表現型の獲得に対する低酸素と放射線の役割

論文標題 The role of hypoxia and radiation in developing a CTCs-like phenotype in murine osteosarcoma cells
著者 Quartieri M, Puspitasari A, Vitacchio T, Durante M, Tinganelli W
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Front Cell Dev Biol, 16(11): 1222809, 2023
キーワード Cancer stem cells , Circulating tumor cells , Radiation , Tumor hypoxia , Tumor metastasis.

► 論文リンク

【背景・目的】
がん治療は大きく発展したが、腫瘍の再発や転移に関する懸念は依然として残っている。骨肉腫は骨に発生する悪性腫瘍の中で最も一般的とされるが、進行期における再発・転移のリスクは依然として高い。転移の主な原因は、がん幹細胞 (Cancer Stem Cells: CSCs) とよばれる一部の細胞亜集団であり、これらはCD133などの幹細胞マーカーを高発現し、放射線耐性や高い転移能を示すと報告されている。なかでも、血中を移動する「循環腫瘍細胞 (CTCs) 」のうち、幹細胞性や高い浸潤能・免疫回避能を有する細胞は「循環がん幹細胞 (Circulating Cancer Stem Cells, CCSCs) 」と呼ばれ、遠隔転移を引き起こすうえで重要と考えられている。一方、腫瘍内部の酸素濃度は正常組織よりも低い(2% O₂あるいはそれ以下になる)場合もあり、低酸素環境下では腫瘍細胞の幹細胞性やEMT(上皮間葉転換)が促進され、CTCsやCCSCsが生じやすくなることが示唆されている。また、放射線照射は腫瘍血管を損傷し、腫瘍細胞が血中へ脱落するリスクを高める可能性がある。本紹介論文の研究では、マウス骨肉腫細胞株(LM8)を用い、急性または慢性低酸素とX線照射の組み合わせが、CCSC様の表現型を示す細胞の選択 (selecting) および、特徴付け (characterizing) に与える影響を詳細に検討している。

【結果】
1. CD133陽性細胞の増加と低酸素のばく露期間
LM8細胞株を1% O₂で1週間または、2週間培養したところ、1週間の低酸素処理群ではHIF-1αの発現レベルが上昇し、CD133陽性細胞が増加した。2週間の低酸素処理群ではHIF-1αレベルが減少に転じた。著者らはこの結果から、1週間の低酸素ばく露期間を「急性低酸素」、2週間の低酸素を「慢性低酸素」とし、以降の実験を行っている。X線照射 (4 Gy) は、CD133発現レベルに大きな影響を及ぼさなかったが、急性低酸素と組み合わせるとCD133発現レベルが有意に増加し、細胞の幹細胞性が強調されることが示唆された。

2. TrkB発現の上昇とCD133との関連
CTCsは、血流中でアノイキス (anoikis)(接着細胞が足場から離れ浮遊状態になると、増殖因子や栄養因子の存在下でもアポトーシスが誘導される現象)から回避する必要があるが、TrkB(神経栄養因子受容体)の過剰発現は、アノイキスに対する抵抗性獲得に寄与することが知られている。LM8細胞全体ではTrkB陽性細胞は約1%程度だったが、急性低酸素環境での培養後に増加し、さらにCD133陽性細胞をソーティングすると、TrkBを共発現する割合が約40%まで有意に増加した。これは、低酸素により、幹細胞性とアノイキス抵抗性を同時に獲得する細胞集団が形成されることを示唆している。

3. スフェア形成効率と低酸素・放射線の相乗効果
スフェア形成アッセイにより、幹細胞性をもつ細胞集団のスフェア形成率を測定した。急性低酸素下では、LM8細胞は球体形成効率の増加(0.12%から0.22%)を示したが、慢性低酸素下では球体形成効率の減少(0.17%)を示した。放射線は急性低酸素細胞でのみ役割を果たしている可能性があり、スフェア形成率は0.11%から0.77%に変化した。

4. 急性または慢性低酸素における細胞の遊走能への影響
LM8細胞の遊走能を測定したところ、急性低酸素群よりも慢性低酸素群で顕著に遊走が促進された。これは長期間の低酸素環境下において、腫瘍細胞が高い転移能を示す可能性を示している。放射線照射は急性低酸素と組み合わせたときにスフェア形成率に影響を及ぼしたが、慢性低酸素下での遊走能には明確な相乗効果は認められなかった。

5. CD47の発現上昇による免疫回避機構
慢性低酸素群のLM8細胞では、CD47 (a “do not eat me” signal for immune escape, [1]) が有意に増加した。これは免疫細胞による貪食を回避する重要な分子とされており、血流中での生存や遠隔転移能を獲得するうえで欠かせない要因と考えられる。正常酸素群および急性低酸素群では、CD47の発現量に影響は認められなかった。

【まとめ】
本研究では、マウス骨肉腫細胞株 (LM8) を用いて急性・慢性低酸素および放射線照射が、CTCs様の表現型をもつ細胞の選択・形成に与える影響を調べた。その結果、急性低酸素環境と放射線の組み合わせは、CD133やTrkBなどの幹細胞・生存関連マーカーを発現する細胞亜集団を増やすうえで重要であること、また、慢性低酸素環境では、遊走能や免疫回避マーカーCD47の発現を高めることで、CTCs/CCSCsとしての性質を獲得することが示唆された。
これらの知見は、腫瘍微小環境の低酸素状態と放射線治療が、骨肉腫細胞におけるCCSC様亜集団の形成・維持に複合的に作用する分子機序を解明するうえで重要である。低酸素や放射線に耐性を示すCTCs/CCSCsを標的とする治療戦略を検討することで、骨肉腫の転移および再発リスクを低減し、治療効果の向上につながる可能性がある。今後は、本研究のモデルを応用したin vivo実験により、治療標的分子のさらなる同定や低酸素環境への適応メカニズムを詳細に解明することが期待される。

[1] Geiger, T. R., and Peeper, D. S. The neurotrophic receptor TrkB in anoikis resistance and metastasis: a perspective. Cancer Res. 65, 7033–7036. (2005)