脂肪酸の酸化の促進はDNA損傷による細胞死を引き起こし、肥満に起因する化学療法への抵抗性を改善する
論文標題 | Induction of Fatty Acid Oxidation Underlies DNA Damage-Induced Cell Death and Ameliorates Obesity-Driven Chemoresistance |
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著者 | Hwang S, Yang S, Park K, Kim B, Kim M, Shin S, Yoo A, Ahn J, Jang J, Yim YS, Seong RH, Jeong SM |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Adv Sci, 11(10): 2304702, 2024 |
キーワード | Fatty Acid Oxidation , DNA damage-induced cell death , Obesity-induced chemoresistance , PPARα , N-alpha-acetylation of caspase-2 |
【背景・目的】
化学療法や放射線療法は、DNA損傷を引き起こして細胞死を引き起こすため、がん治療で最も一般的に用いられる。しかし、肥満のがん患者は、化学療法を行っても予後が不良であることを示唆する報告が増えてきている。本論文では、肥満と脂肪酸酸化(FAO)、さらにはFAOと細胞死の関連性を調べており、FAOを誘導することにより化学療法への抵抗性が解消される可能性があることを報告している。
【主な結果】
1. 化学療法剤によるFAOの誘導が肥満では抑制される
肥満で化学療法抵抗性を示す原因を調べるため、著者らは野生型およびob/ob肥満モデルマウスに同系メラノーマ由来のB16F10細胞を移植後、化学療法剤としてエトポシド(ETS)を投与した。KEGGパスウェイ解析を行い、投与前後で野生型マウスにおいて発現量が大きく変化し、肥満型マウスで有意的な変化のなかった遺伝子群について調べたところ、FAOが関与している可能性が示唆された。そこで、化学療法前後のやせ型と肥満型マウスでのFAO関連遺伝子のmRNA発現量の変化を調べた。その結果、野生型ではETSによりFAO関連遺伝子の発現誘導が促進されたのに対し、肥満型では観察されなかった。
2. FAOはDNA損傷後の細胞死の制御に関係している
FAOがDNA損傷後の細胞死に関連があるかを調べるために、ETSと、FAOに必要なCPT1という酵素を阻害するエトモキシル(ETO)を添加したB16F10細胞における細胞死の割合を調べた結果、ETO添加により細胞死が有意に減少した。さらに、FAO誘導とDNA損傷による細胞死との関与を調べるために、パルミチン酸単剤、ETS単剤、併用群で処理を行った。その結果、併用群はETS単独群より細胞死が促進された。これらの結果から、DNA損傷後の細胞死にはFAOが関与していることが示唆された。
3. DNA損傷はPPARαを介してFAOを促進する。
DNA損傷によってFAOが誘導されることが示唆されたため、その機構を探るためFAO関連遺伝子の転写を行うペルオキシソーム増殖剤応答性受容体α(PPARα)に着目した。B16F10細胞において、ETS投与によってPPARαのmRNA、タンパク質の発現量、ならびに転写活性の上昇が認められた。さらに、In vivoで、B16F10細胞を野生型マウスとob/obマウスに同種移植を行い、ETS投与後のPPARαのmRNAとタンパク質の発現量を調べたところ、野生型マウスではPPARαがETS処理によって誘導されたのに対し、ob/obマウスでは誘導が認められなかった。また、ETS単剤、もしくはPPARα作動薬であるWY14643を併用した時のFAO関連遺伝子のmRNAの発現量を調べたところ、野生型マウスではETS単剤でmRNAの発現量が上昇し、WY14643を併用してもさらなる上昇は認められなかったのに対し、ob/obマウスではETS単剤ではmRNAの発現量の上昇は認められなかったが、WY14643を併用すると発現量の上昇が認められた。さらに、PPARαをノックダウンしたB16F10細胞を同種移植してETS投与後の腫瘍の体積を経時的に測定した。その結果、PPARαをノックダウンした群はしてない群と比較して腫瘍体積の減少が抑制された。これらの結果から、ETSによるDNA損傷がPPARαを介してFAOを促進して、結果的に細胞死を促進することが示唆された。
4. 肥満による低酸素がFAOの誘導を抑制する
肥満型でETS処理後にPPARαが誘導されない原因を調べるために、肥満型は野生型より低酸素であることが分かっているので、著者らは、In vitroでB16F10細胞を用いて、常酸素条件下または低酸素条件下でETS処理した時のPPARαとFAO関連遺伝子のmRNAの発現量を調べた。その結果、低酸素条件下では両者とも発現の誘導が認められなかった。またHIF1αをノックダウンしたB16F10細胞では低酸素条件下においてもETS処理でPPARαとFAO関連遺伝子とも発現の増加が認められた。これらの結果から、肥満による低酸素で発現するHIF1αがPPARαの発現を抑制することで、DNA損傷後のFAOの誘導を抑制していることが示唆された。
5. FAOの促進によりcaspase2がN-αアセチル化され細胞死が増加する
FAOによって誘導される細胞死にcaspase2が関与しているのではないかと考え、In vitroでB16F10細胞のcaspase2をノックダウンしてETSとETOで処理した。その結果、caspase2をノックダウンした細胞ではETO処理しても細胞死の割合に変化は見られず、FAOがDNA損傷後にcaspase2を活性化することで細胞死を誘導していることが示唆された。caspase2の活性化には、自身のN-αアセチル化が必要で、細胞内のアセチルCoAの量に依存することがわかっている。そこで、MEF細胞をETS、ETOまたは細胞内でアセチルCoAの基質であるクエン酸で処理し、細胞内アセチルCoAの量と細胞死の割合を調べた。その結果、ETOとETSで処理するとETS単剤の時に比べてアセチルCoAの量も細胞死の割合も下がったが、そこにクエン酸を加えることでETOによる減少が抑制された。さらに、N-αアセチル化を起こさせないように3番目の残基をプロリンに置換させた変異型caspase2を発現させたHeLa細胞もしくは野生型の同細胞をETSまたはETOで処理した。その結果、野生型ではETS存在下でETO処理するとcaspase3/7活性が減少したのに対し、変異型ではETO処理の有無によるcaspase3/7の活性に変化は認められなかった。これらの結果から、FAO誘導によってDNA損傷後のアセチルCoAの量が増加し、caspase2のN-αアセチル化を起こすことで細胞死が促進されるということが示唆された。
6. In vivo での検証
最後に、In vivoでも同様の結果が得られるのか検証した。著者は、対照食または高脂肪食(HFD)を8週間与えたマウスにおいて、B16F10細胞を腹部の皮下に播種して腫瘍体積が100mm^3を超えた時点でETSまたはWY14643を与え、アセチルCoAの量や腫瘍体積の経時的な変化を調べた。その結果、肥満型においてETS単剤だと上昇しなかったアセチルCoAの量がWY14643により上昇した。また、肥満型においてETS単剤のものと比較してWY14643を併用したものは有意に腫瘍体積が減少した。さらに、肥満型ではETS単剤のものと比べてWY14643を併用したものは活性型caspase2の発現量が増加した。これらのことから、In vivoでもIn vitroと同様の結果が得られることがわかった。
【まとめ】
本研究は、肥満で化学療法に抵抗性となるメカニズムを解明した。機序としては、化学療法によってFAOがPPARαを介して誘導され、FAOによって生成されるアセチルCoAがcaspase2をアセチル化することでアポトーシスを誘導する。しかし、肥満では低酸素状態となっており、低酸素状態で発現するHIF1αがPPARαを抑制しているため、前述の機序が起こらなくなり抵抗性を示すというものである。
本論文では肥満での化学療法抵抗性に関する実験を、ETSを用いて行っている。ETSはトポイソメラーゼⅡを阻害することでDNA鎖を切断する。放射線についても同様のメカニズムで、肥満が原因となる放射線療法への抵抗性も示す可能性があり、PPARα作動薬を併用することで増感効果が確認される可能性がある。
本研究では、HIF1αによるPPARαの抑制が化学療法抵抗性の原因であるとされているが、さらなる原因の究明には常酸素状態でHIF1αを活性化して同様の実験を行って、低酸素状態によって誘導される他の因子も関与しているのか、HIF1αのみによるものなのかを解明する必要がある可能性がある。また、ob/obマウスのみでしか行っていない実験があるので、HFDマウスでも同様に行った実験も、さらなる解明には必要となる可能性がある。