中心体過剰複製に起因する細胞浸潤のがん遺伝子様誘導
論文標題 | Oncogene-like induction of cellular invasion from centrosome amplification. |
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著者 | Godinho SA, Picone R, Burute M, Dagher R, Su Y, Leung CT, Polyak K, Brugge JS, Théry M, Pellman D |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature. 510, 167-171, 2014 |
キーワード | 中心体過剰複製 , がん , 浸潤 , 染色体異数性 |
<はじめに>
中心体は細胞分裂の際に微小管形成中心として機能し、正確な染色体の分配に必須の細胞内小器官である。中心体は通常1つないし2つが細胞内に存在するが、様々な原因により過剰に複製されることがあり、これは中心体の過剰複製と呼ばれている。中心体の過剰複製は遺伝子の異常により内発生的に生じる他、放射線や化学薬剤によっても誘起される。中心体の数の異常が染色体不安定性につながり発がんの原因になる事は古くから知られているが、その正確なメカニズムは不明な点が多い。今回紹介する論文の著者であるDavid Pellemanのグループは中心体異常と染色体不安定性、発がん制御の解析に取り組んでおり、これらのテーマに関してこれまで多くの事を明らかにしてきた1)-3)。今回著者らは中心体過剰複製が発がんの悪性化を促進する細胞浸潤に寄与する事を明らかにしたので紹介したい。
<中心体過剰複製と細胞浸潤の検討>
中心体異常、特に過剰複製に代表される中心体の数の異常が発がんと強く相関する事はこれまでに知られており、がんの悪性化、転移との関係性が示唆されてきた。そこで著者らはまず中心体の過剰複製が上皮器官形成に与える影響を検討した。乳がん細胞株は浸潤突起形成能とがん細胞の浸潤・転移能に対して強い相関が示されているために、著書らは不死化していない乳腺上皮細胞であるMCF10A細胞による3次元培養系を用いた。その際、MCF10A細胞においてdoxycyclinによってPLK4の過剰発現を誘導出来る系を作製した。PLK4の過剰発現は中心体の過剰複製を誘導する為に中心体研究ではよく用いられている。これらの系を用いた実験においてPLK4の過剰発現により中心体過剰複製を誘導した細胞では浸潤突起形成が進行しており、細胞外のマトリックスへと浸潤していた。また、別のアプローチとして器官型培養を行った実験でも、MCF10A細胞と不死化していないケラチノサイト(HaCaTs)の双方の細胞で中心体の過剰複製が細胞浸潤を促進させる事が確認された。
また、免疫染色法で確認したところ中心体の過剰複製による浸潤突起はラミニンV、アクチン、微小管、コラーゲンIと細胞外マトリックスを形成するフィブロネクチンの分解を伴っていた。これらの細胞浸潤が細胞外マトリックス分解酵素を阻害することにより抑えられた事から、中心体の過剰複製による細胞浸潤が細胞外マトリックスの分解を促進する事と一致した。
また、中心体過剰複製によって誘起された細胞浸潤は乳がん遺伝子であるERBB2によって起こる細胞浸潤と酷似していたが、ERBB2腫瘍にみられるEカドヘリンの消失が中心体過剰複製の細胞で見られなかった事から、一般的な上皮間葉転換とは異なる事が示唆された。これはPLK4の過剰発現単独と比較してPLK4とERRB2の二重の過剰発現では浸潤突起形成がほぼ倍加したことからも中心体の過剰複製とERRB2の浸潤突起寄与への経路は別である事が確認された。
次に著者らは中心体過剰複製によって起こる染色体の異数性が細胞浸潤の原因となるかを検討した。そのためsiRNAを用いてMCAK(KIF2Cとしても知られている)をノックダウンした所、染色体異数性が増加したものの、中心体の過剰複製も細胞浸潤も起こらなかった。また、スピンドルチェックポイント因子であるMPS1の阻害剤を用いて阻害しても染色体異数性が増加するにも関わらず、細胞浸潤は起こらなかった。以上の結果から染色体異数性は細胞浸潤とは直接は結びつかない事が示唆された。
また、中心体の過剰複製はシリアのシグナルとp53のレベルを変化させるが、今回用いたMCA10Fではシリア形成は見られず、またp53をノックダウンしても細胞浸潤に影響は与えなかった。
さらに、通常、細胞は分裂後細胞同士が接着した状態にあるが中心体過剰複製が起こった細胞では細胞間同士の接着が壊れるためにそれが細胞浸潤の原因になる可能性を検討した。フィブロネクチンでコートしたマイクロパターンのプレートで細胞を培養し、細胞の分裂後の形成とサイズの観察を行なったところ、中心体過剰複製を持つ細胞では細胞の配置とサイズ形成が崩壊していた。これらの表現系はp120カテニンを欠損した細胞でみられる現象と似ているがウエスタンブロッティングで確認したところ中心体過剰複製はp120の発現量に影響を与えてはいなかった。
<微小管の重合核形成(Microtubule Nucleation)がRac1を活性化し細胞浸潤に寄与する>
上記で観察された細胞接着異常の表現系は以前に報告されているsmall GTPaseであるRac1の活性化において観察される表現系と同じである事から、次に中心体過剰複製とRac1の活性の関係を調べた。Pull-downアッセイを用いた実験の結果、中心体の過剰複製がGTPとRac1の結合を1.5倍程増加させていた。逆にRac1の活性を、阻害剤を用いて抑制したところ、細胞間接着は回復した。また、Rac1の下流の因子であるAep2/3の阻害剤を用いた実験でも細胞間接着は回復した。以上の事から中心体の過剰複製によりRac1が活性化する事により細胞間接着が欠損し、浸潤に至る事が示唆された。
また、微小管の重合核形成がRac1を活性化させるという以前の報告から著者らはRac1の活性化が中心体過剰複製によって微小管重合核形成が亢進していることに原因があるのではと考えた。実際、過剰な中心体を持つMCF10A細胞は中心体におけるγ-tubulinが増加しており、中心体の数が増える事と微小管の重合核形成とでどちらか細胞浸潤に影響を与えるかを検討する為にCep192のノックダウンを行なった。Cep192のノックダウンでは中心体の数は変わらずにγ –tubulinが中心体に局在出来なくなり微小管重合核形成の量が減少し、Rac1の活性は阻害された。以上の結果から、中心体の過剰複製が起こると微小管重合核形成が増大し、Rac1が活性化、そして細胞接着能が減少し、細胞浸潤が起こるというモデルが提唱された。
<まとめ>
本論文では中心体過剰複製が如何に癌の進行を促進する細胞浸潤と結びつくかを検討する為に、著者らは染色体異数性や微小管重合核形成との関係を詳細に検討している。中心体の過剰複製によって惹起される染色体異数性や細胞接着の異常と細胞浸潤の関係性を丹念に調査し、最終的に上述したモデルに至るまでの作業は感服するばかりである。ただ微小管重合の活性が如何にRac1の活性化に結びつくかの分子メカニズムはまだ不明なままである。また、中心体の過剰複製と低い生存率を示す進行がんとの関係性など課題は多い。今後の活発な中心体と発がん研究に期待したい。
<参考文献>
1) Ganem NJ, Godinho SA, Pellman D. A mechanism linking extra centrosomes to chromosomal instability.
Nature. 2009 Jul 9;460(7252):278-82.
2) Godinho SA, Kwon M, Pellman D. Centrosomes and cancer: how cancer cells divide with too many centrosomes.
Cancer Metastasis Rev. 2009 Jun;28(1-2):85-98.
3) Kwon M, Godinho SA, Chandhok NS, Ganem NJ, Azioune A, Thery M, Pellman D. Mechanisms to suppress multipolar divisions in cancer cells with extra centrosomes.
Genes Dev. 2008 Aug 15;22(16):2189-203.