日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

原爆被爆者寿命調査研究における固形がん罹患率への放射線影響の要約:1958年~2009年

論文標題 Summary of radiation effects on incidence of solid cancers in the Life Span Study of atomic bomb survivors:1958-2009
著者 Brenner AV, Sugiyama H, Cologne J, Sakata R, Utada M, Grant EJ, French B, Cahoon EK, Preston DL, Ozasa K, Mabuchi K
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Carcinogenesis, 46(3): bgaf060, 2025
キーワード radiation , atomi bomb survivors , cancer , incidence study , epidemiology

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【背景】
広島および長崎の原爆被爆者コホートである寿命調査(Life Span Study, LSS)は、放射線被ばくの長期的な健康影響を検証しており、放射線疫学の基礎資源となっている。LSSは、大規模な対象集団、精緻な被ばく線量推定、半世紀を超える長期の死亡およびがん罹患の追跡調査が行われている点で特筆すべき研究である。LSSのがん罹患に関する解析では、1958年を追跡起点として1987年まで、ならびに1998年までのがん罹患データをまとめた2つの包括的報告がなされてきた。
より最近では、がん罹患情報の追跡期間を2009年末まで延長し、データセットの更新がなされた。更新により、固形がん罹患の総数は22,538例、総観察期間は310万人年以上に及ぶ。また、この更新では、被爆時の位置や遮蔽情報の精査に基づいて改良された最新の線量推定システム(DS02R1)が適用され、さらに喫煙やその他の生活習慣といった、放射線以外のリスク要因による影響も考慮されることとなった。この1958年-2009年の大規模コホートデータにより、共通した方法を用いてがんの部位別に研究成果が公表されてきた。
ここに紹介するBrennerらの論文では、1958年から2009年のがん罹患情報を用いた一連のLSSの研究成果をまとめるとともに、部位別の解析として未報告であった皮膚がん、甲状腺がん、その他のがんについて新たな解析を加え、LSSがん罹患調査の成果を包括的に報告した。

【方法】
解析対象となったのは、LSS対象者のうち、1958年時点で生存し、がんの既往がない105,444名であった。このうち80,205名が広島・長崎で直接被爆した人々であり、比較対照として原爆投下時に市内にいなかった25,239名が含まれている。
がん罹患情報は、広島および長崎の地域がん登録より提供された情報を用いた。
被ばく線量はDS02R1に基づいて、15の臓器別に推定されている。がん部位別の解析には、各臓器(該当の臓器がない場合は近傍)における吸収線量を用いた。
ポアソン回帰モデルを用いて、放射線による過剰相対リスク(excess relative risk, ERR)と過剰絶対率(excess absolute rate, EAR)を算出した。解析においては、被爆時年齢、到達年齢、性別、喫煙歴などの因子が、放射線による発がんリスクとどのように関連するかを多角的に検討した。

【主な結果】
被爆から60年以上が経過した後も、依然として放射線被ばくによる固形がんリスクの上昇が認められた。全固形がんのリスクについて、男性では高線量域でリスクがより急激に高まる「線形二次モデル」が最も適合した一方、女性ではがん罹患リスクが線量に対して直線的に増加した。被ばく1Gyあたりの全固形がんのERRは男性で0.20、女性では0.64であった。これは30歳で1Gy被ばくした人が70歳になったときに、同世代で被ばくしなかった人と比較し、がん罹患リスクが男性で20%、女性で64%高いことを意味する。また、到達年齢が高いほど、全固形がんのERRは低下する一方で、EARは上昇した。これは一般的に加齢に伴いがん罹患リスクが上昇することを反映している。
部位別には、今回の更新データによって、新たに前立腺がん、脳・中枢神経系腫瘍、すい臓がん(女性のみ)、子宮体がんの有意な線量反応関係を認めた。線量反応関係の性差については、男性において食道がん、腎がん、骨・関節がん、非黒色腫皮膚がんで、非線形の線量反応関係が示唆され、これらの部位はいずれも上向きの曲率を示した。このような曲線関係の理由は明らかでない。男性のその他の部位ならびに女性においては、いずれも線形性が示唆された。また、女性の乳がんや子宮体がんでは、被爆時年齢が初経時期(約15歳)に近いほど放射線による影響が大きくなるという、被爆時年齢に依存した新たなパターンが明らかになった。甲状腺がん、非黒色腫皮膚がん、唾液腺がんでは、到達年齢調整後も、被爆時年齢上昇に伴ってERRが有意に低下した。女性は男性と比べて一貫してERRが高かったが、EARの性差は部位によって異なった。以上のように、性別・被爆時年齢・到達年齢による影響ががんの部位ごとに異なることから、「全固形がん」を単一のアウトカムとして扱う解析の限界が示唆される。部位特異的な放射線関連がんリスクをより深く理解し、不均一性を低減するための柔軟な統計手法の適用が期待される。

【考察・まとめ】
本論文は、1958年から2009年までのLSSがん罹患調査の成果を総括するものである。一連の研究成果から、放射線被ばくが生涯にわたってがんリスクを高めることが改めて確認された。また、ERRおよびEARの性別、被爆時年齢、到達年齢による変化のパターンは、部位により異なる傾向がみられた。LSSは、戦時中の日本人におけるガンマ線の単回・高線量率曝露という特徴のため、他の集団への適用可能性は考慮が必要である。しかしながら、一連の成果は放射線被ばくによる生涯にわたるがんリスクの上昇を理解し、将来の分子疫学研究や放射性防護施策の策定にとって重要な知見といえる。特に、全固形がんにおけるリスクの男女差や、男性における一部のがんで見られた非線形な線量反応関係、被爆時年齢による放射線感受性の違いといった結果は、生物学的影響のメカニズムを理解する上で重要な手がかりとなる。
2009年までの追跡を経て、LSS対象者の38%が生存しており、その多くは20歳以前に被ばくした若年被爆者である。がん罹患情報の追跡は、今後さらに延長される見込みである。若年被爆者(特に男性)の追跡が進むことで、線量反応関係や被爆時年齢パターンの再評価が期待される。