日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

APRINは細胞周期特異的なBRCA2結合タンパク質でありゲノム安定性に必要とされ、また乳がん化学療法の効果予測因子である

論文標題 APRIN is a cell cycle specific BRCA2-interacting protein required for genome integrity and a predictor of outcome after chemotherapy in breast cancer.
著者 Brough R, Bajrami I, Vatcheva R, Natrajan R, Reis-Filho JS, Lord CJ, Ashworth A.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
EMBO J. 31, 1160-1176, 2012.
キーワード APRIN , BRCA2 , ゲノム安定性 , 乳がん , Rad51

► 論文リンク

 BRCA2はBRCA1と並び家族性乳がんの原因遺伝子であり、この遺伝子に変異を持つと乳がんの罹患リスクが著しく上昇する。
BRCA2の主な機能は、相同組換えによるDNA二重鎖切断修復でのRAD51のメディエーターとしての機能であるが、その制御機構に関して新たな報告があったので紹介したい。
 BRCA2は非常に巨大なタンパク質であり扱いが困難であるので、筆者らはまずサイズが小さいショウジョウバエBRCA2ホモログ(dmBRCA2)を用いてプルダウン実験を行い、dmBRCA2がPds5と結合することを見出した。続いてヒト培養細胞でも免疫沈降を行い、BRCA2の新たな結合因子としてPDS5B/APRIN (Androgen-induced proliferation inhibitor)を同定した。APRINはBRCA2のBRC repeat 1周辺に結合し、その結合は放射線照射により促進された。また、細胞周期を同調させた実験から、両者の結合はearly S期特異的に起こることも示し、複製タンパクやコヒーシンタンパクとも結合することを示した。一方、BRCA2の既知の結合因子であるRAD51やPALB2は細胞周期を通して一定の割合で結合しており、それぞれが異なる関係性を持つことが示唆された。
 Breast Cancer Information Core (BIC) database(主に乳がん患者から集められた遺伝子変異データベース)にはこの結合領域内のミスセンス変異も登録されており、それらのうち4つはRAD51との結合に影響を与えること無くAPRINとの結合を低下させた。これらの変異をもったBRCA2は相同組換え修復能が低いことも示された。同様に、APRINのノックダウンでも相同組換え修復能の低下が認められた。APRINのノックダウンではその他にアフィディコリン、ハイドロキシウレア、マイトマイシンC、放射線、PARP阻害剤に対する感受性の上昇がみられ、マイトマイシンC誘導性の染色体異常の増加も認められた。また、RAD51の放射線誘導フォーカス形成も低下した。
 以上の結果は、RAD51メディエーターとしてのBRCA2の機能をAPRINが制御していることを示唆している。特にBRCA2がコヒーシンと結合するという結果は初めての報告であり、両者がDNA修復でどのように相互作用し合っているのかは大変興味深く、今後の進展が待ち望まれる。
 BICデータベースから見つかったミスセンス変異の実験結果からは、BRCA2とAPRINの結合欠損がDNA修復欠損を引き起こし、ひいては乳がん発生の原因にもなっていると想像される。一方で、APRINはDNA修復に関与すると推測されるので、これをがん治療に利用できる可能性も考えられる。例えば、ARPINの発現が低ければ、DNA損傷を与えることによりがん細胞を殺しやすいと予想される。筆者らは家族性が疑われない散発性の乳がん患者(BRCA2に変異を持つ可能性が相対的に低い)の組織サンプルでAPRINの発現、サブタイプ、悪性度の関係について調べ、悪性度が高いほどAPRIN発現の低下が多くみられ、またエストロゲンレセプター(ER)陰性乳がんでAPRINの低発現が多くみられることを示した。ER陰性はER陽性に比べて予後が悪いことが知られているが、DNA損傷誘導剤であるアントラサイクリンによる抗がん治療の成果を調査・比較すると、ER陰性でもAPRINの発現が低い場合は非常に生存率が高いことが明らかとなった。一方、ER陽性の場合はアントラサイクリンの効果はAPRINの発現量に左右されなかった。これらの結果から、ER陰性乳がんでAPRIN発現が低い場合にはアントラサイクリンあるいは他のDNA損傷剤による治療が有効であると推測される。筆者らは、APRINの発現レベルが乳がん治療法選択でのバイオマーカーになりうるとしながらも、さらなる調査が必要であると慎重な姿勢を見せている。