相同組換え因子のゲノムワイドなスクリーニングによるRNA結合蛋白RBMXの同定
論文標題 | A genome-wide homologous recombination screen identifies the RNA-binding protein RBMX as a component of the DNA-damage response. |
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著者 | Adamson B, Smogorzewska A, Sigoillot FD, King RW, Elledge SJ. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat Cell Biol. 14, 318-32, 2012 |
キーワード | 相同組換え , siRNA , RBMX , Rad51 , DR-GFP |
RNA干渉は分子レベルの生物学研究の強力な武器として使用されている。ある分子を単独でノックダウンして表現型を解析するのみならず、ゲノムワイドにすべての遺伝子に対しておのおのsiRNAオリゴないしshRNAを用意し、ひとつずつノックダウンしていくことで、理論的にはある経路に関与する遺伝子を網羅的に同定できるはずである。近年、このゲノムワイドな方法論で数々の生物学的経路が解析され、放射線生物学の最先端分野のひとつであるDNA損傷応答研究においても多くの知見が得られてきた。なかでもハーバード大Steve Elledgeらは、潤沢な研究リソースと卓抜なアイデアでめざましい業績を上げ続けている。
今回紹介する論文は、Elledgeらによる相同組換え(HR)経路解析の結果と、加えて新規RNA結合蛋白質RBMXがHRにおいて果たす役割を報告している。さらに数多くのHRに関連する可能性のある分子をリストアップしており、今後の研究の出発点として注目される。さらに興味深いのは、siRNA実験のオフターゲット効果がHRの中心分子であるRad51に現れやすく、高頻度にfalse positiveの原因になることを示したことである。siRNAによるHR研究には、その実施と解釈に相当な注意が必要であるようだ。
彼らは、Maria Jasinらによって開発されたHR活性のリポーターであるDR-GFPを染色体上に1コピー組み込んだU2OS細胞と、Dharmacon社のsiRNAライブラリーを用いてゲノムワイドスクリーンを行っている。このライブラリーは、ある遺伝子をターゲットするのに4種類のオリゴの混合物(プール)を使用しており、21,121プールにより全ゲノムをカバーするとされる。DR-GFPは二つの不完全かつオーバーラップしたGFP遺伝子のタンデムリピートから構成され、片方のGFP遺伝子は制限酵素I-SceIの切断配列の挿入によって不活化されている。DR-GFP-U2OS細胞にI-SceIが発現誘導されると、染色体が切断され二重鎖切断(DSB)となる。このDSBは、もう片方のGFP遺伝子から配列情報のコピペによって修復され(HR修復)、結果として完全なGFP遺伝子が発現することになる。このアッセイではGFP発現を定量化することでHR修復活性が測定できる。今回は、まず384ウェルプレートにまいた細胞にsiRNAオリゴをトランスフェクトし、その後アデノウイルスの系でI-SceIを発現させ、自動化した顕微鏡(ハイコンテント解析、Molecular Device社)により観察を行っている。気の遠くなるようなスケールの実験であるが、おそらくはやる気と才能あるポスドクと、多数のテクニシャンと自動化装置によってこなしているのであろう。
一次スクリーニングでは、実験全体でsiRNAをトランスフェクトされた細胞の平均GFP陽性率(%)から2標準偏差以上外れたものを効果ありとした(HR効率が平均の40%以下であったものと188%以上であったものがこれにあたる)。これにより、510のHR促進分子と484の抑制分子の候補がリストアップされた。さらに、HR効率が40-50%程度のレンジにはいったもの131遺伝子を加えて、HR促進分子候補を641遺伝子とし、641のsiRNAプールをばらばらの単独siRNAにわけて(641x4=2564。新たに購入するわけで、この費用だけで膨大)ひとつひとつ検証した。
結果として、4つのsiRNAがそろってプールしたものと同じ効果を示しているのはかなり小数であった。ここではHR促進分子候補についてのみ紹介するが、一次スクリーンでの平均値マイナス1.5SDという弱めのカットオフですら、4つsiRNAのうち3つ以上が陽性となったプールは二次スクリーニング対象の14%にすぎず、68%は1-2/4のsiRNAが陽性となったのみであった。そこで、彼らはAmbion社のsiRNA(一つの遺伝子につき3つの別々のsiRNAを使用するもの)で467個のHR促進分子候補をスクリーニングし、Dharmacon社のsiRNAと比較したところ、AmbionのsiRNAではかなり陽性率が低くなった。ミックスせず使用するようデザインされたAmbion社のsiRNAの方がオフターゲット効果の出現率が低く、より真の陽性を出す可能性が高いと言えそうである(しかしfalse negativeが少ないと言えるだろうか?)。
データをよく見ると、siRNAを使用して実験するものとしてはぞっとするような結果が記載されている。たとえば、Dharmaconで4つのsiRNAのうち3つで陽性が得られた遺伝子に対して、Ambion のsiRNAでは40%近くが3つのうち一つも陽性になっていない。Dharmaconで4/4の陽性率であった遺伝子に対してAmbionでも3/3で陽性であったのは5割強にすぎない。
さらに、彼らは、オフターゲット効果によるHR活性の低下を示したsiRNAをいくつか同定し、HRは特にオフターゲット効果に影響されやすいと示唆している。オフターゲット効果は一般にsiRNA配列のseed sequence(sense antisenseのどちらかのオリゴ鎖の端2-8塩基配列)と、ある遺伝子転写物の3’UTR配列が相補的である場合にRISC複合体を介した発現抑制がおこることによるとされている。このオフターゲット効果のターゲット(!)を同定するため、一次スクリーニングで強くHRを抑制したsiRNA配列と抑制しなかった配列をコンピュータ比較し、抑制したsiRNAのシード配列(のantisense鎖配列)がRad51の3’UTRとマッチする率が抑制しなかった配列に比べ3倍であることを見出した。こうした結果から、彼らはDharmacon siRNAによるRad51を抑制するオフターゲット効果がHR抑制効果の17%を説明できると予測している。一方、AmbionのsiRNAで強くHRを抑制したものについては、こういったRad51の3’UTRとのマッチは見出されなかった。
いくつものsiRNAオリゴにおいて予測されたRad51へのオフターゲット効果が実際に起こっていることがmRNAと蛋白質レベルで確認され、しかもDR-GFPによるHR効率との相関も見出された。最終的に、これらのオフターゲットを起こすことがわかったsiRNA による結果を除いて、121のHR促進分子候補がサプルメントに一覧として示されている。
彼らは、さらに同定された分子についてもいくつかの解析を進めている。候補遺伝子をIngenuity pathway analysis と呼ばれるネットワーク解析にかけると、予想されるように、候補分子はRFCやTIP60などのDNA複製、修復、組換えといったカテゴリーに分類される遺伝子が濃縮されていた。他に、HR促進分子としてRNAの転写後修飾に関わるネットワークや、HR抑制因子として脱リン酸化酵素ネットワークなども同定されている。また、いくつかの候補分子の核内分布を検討し、HR促進作用をもつRNA結合分子のRBMXが損傷部位に集積することを見出した。この集積はPARPの活性に依存すること、RBMXのHRにおける役割がBRCA2の発現を介することなどが判明した。
ここからは個人的な感想になるが、この論文で最も意義深いのは、siRNA によるスクリーニングにおいて、アッセイのリードアウトに大きな影響を与える分子(Rad51とか)がオフターゲット効果で抑制されている場合、結果が大きくゆがめられ、その解釈が問題となるという点と思われる。複数のsiRNAを使用してその結果が一致しないことが頻繁に起こっていて、このような実験からどうやって真実を読み取ればよいのか。スクリーニングに限らず、単一のsiRNAの効果をみていても同様であるとすれば、siRNAによる結果は戻し実験をやって検証されない限り、あるいは他の実験でしっかりとサポートされない限り、信用すべきではないのかもしれない。