日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

BRCA1はDNA鎖間クロスリンク(ICL)損傷の修復において2段階に働く

論文標題 BRCA1 functions independently of homologous recombination in DNA interstrand crosslink repair.
著者 Bunting SF, Callen E, Kozak ML, Kim JM, Wong N, Lopez-Contreras AJ, Ludwig T, Baer R, Faryabi RB, Malhowski A, Chen HT, Fernandez-Capetillo O, D’Andrea A, Nussenzweig A.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol. Cell 46, 125-135, 2012
キーワード BRCA1 , ICL , 相同組換え , 53BP1 , FANCD2

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BRCA1と53BP1は共にC末に2つのBRCTドメインを持ち、チェックポイントの活性化やDNA修復の制御に当たるscaffoldタンパク質である。近年の研究により、BRCA1は相同組換え(HR)の初期ステップであるDNA二本鎖切断末端(DSBs)の5’末端のresectionを促進し、53BP1は逆に抑制することが示され、BRCA1と53BP1はDSBsにおけるHRと非相同末端結合(NHEJ)という2つの拮抗するDSB修復経路の選択を制御していると考えられてきている。本論文では、著者らはBRCA1, 53BP1, KU80, FANCD2の遺伝子欠損マウスの掛け合わせを行い、PARP阻害剤、ICL損傷剤(シスプラチンやマイトマイシンC)という2種類の薬剤の効果を比較することによって、BRCA1がICL修復において、1)FANCD2のフォーカス形成、2)HRの促進という2段階の働きを持つことを示した。
 本論文の要点を説明する上でまず先行論文の要点を押さえておく必要がある。著者らは2010年のCell(関連文献1)で、BRCA1欠損細胞はPARP阻害剤に対して1)高感受性を示し(survivalの低下)、2)NHEJ依存的な染色体異常が増加することを示した。そしてこれらの表現型が53BP1遺伝子欠損と掛け合わせることによって消失することを示した。PARP阻害剤の作用機序の詳細はなお不明であるが、最終的にDSBsを生じさせると考えてよい。従ってこれらの表現型の解釈としては次のようになる。BRCA1欠損細胞では1)HRが進行せず生存率が低下し、2)HRのback upとして働くNHEJが誤った再結合をすることで染色体異常を増加させる。そしてBRCA1,53BP1の二重欠損細胞では、53BP1によるresectionの抑制が解除されることでBRCA1がなくてもHRが復活するため、1)生存率は回復し、2)NHEJによる染色体異常も抑制される。

 さて本論文の紹介だが、まず上述の論文と同様の実験をICL損傷剤をもちいて行っている(Fig 2. A,B)。すると興味深いことに、BRCA1,53BP1二重欠損細胞の表現型は上述のPARP阻害剤の場合と真逆になった。すなわちBRCA1,53BP1二重欠損細胞はICL損傷剤に1)なお高感受性を示し、2)染色体異常も高頻度に見られた。表現型がPARP阻害剤の場合と逆転した理由として、ICL修復ではBRCA1はDSBs形成より上流のステップであるFANCD2のフォーカス形成にも必要で、この作用は53BP1欠損によっても回復しないためと説明された。なお、BRCA1の欠損細胞ではFANCD2フォーカスの形成が低下するという知見自体は既に報告されている(参考文献2)。
 注意しなければならないのはBRCA1,53BP1二重欠損細胞ではICL損傷剤によるRad51フォーカス形成は概ね正常化している点だ。つまりICL修復の2段階目としてのHR自体は回復しており、survivalの低下は1段階目の(FANCD2依存的な)ICL→DSBの過程が進まないことを反映していると考えられる。ただし、参考文献3ではBRCA1欠損マウスES細胞では53BP1の発現抑制でICL損傷剤に対する感受性をrescueできるという本論文とは逆の結果が示されている。このES細胞でのFANCD2のフォーカス形成は回復しているのか今後検討を要するだろう。
 次に著者らはNHEJの中心因子であるKU70のICL損傷修復における役割を検討している。その結果、KU70はBRCA1欠損細胞において染色体異常を引き起こし、細胞増殖、survivalをむしろ阻害することが分かった。ここでも注意しなければならないのはBRCA1,53BP1二重欠損細胞においてKU70の発現抑制をするとFANCD2のフォーカス形成も野生型細胞並みに回復する点だ。KUはDSBsが基質と思いがちだが、実際には様々な構造のDNAに結合することが示されているので、KUのtoxic effectはICL損傷がDSBsに変換される以前のDNA構造をFANCD2と競合することによって発揮されているのかもしれない。
 最後に、著者らはFANCD2,53BP1及びFANCD2,KU80の二重欠損細胞を作製し、FANC欠損細胞の2大表現型であるICL損傷による染色体異常と生存率低下に対する53BP1,KU80の役割を検討している。その結果、FANCD2,53BP1二重欠損では染色体異常の増加は抑制できず、FANCD2欠損による染色体異常の増加はBRCA1, 53BP1それぞれの欠損細胞と同様の機序によるであろうと解釈できた。ところが、FANCD2,KU80二重欠損細胞ではBRCA1,KU80二重欠損細胞の結果とは異なり、染色体異常増加と生存率低下の抑制は見られなかった。このことから著者らはICL修復におけるFANCD2の役割はBRCA1と全く同一ではなく、FANCD2はICL修復においてBRCA1より重要で必須の役割があるはずだと述べている。ただし、参考文献4ではFANCC欠損DT40細胞のシスプラチン感受性がKU70欠損でrescueできることが示されているし、参考文献5ではFANCC欠損MEFのマイトマイシンC感受性をNHEJの中心因子であるDNA-PKの阻害剤で部分的にrescueできることが示されている。従ってFANCD2とNHEJの関係はなお検討を要すると思われる。
 以上この論文の要点に限って解説したが、解析が不十分な点や上述のような他論文の結果と一見整合しない点も多い。しかし、いずれにせよこの論文はICL修復におけるBRCA1の働きを理解する上でのよい手がかり与えており、多くの検討材料を提供しているという意味では意義があると思う。今後引用した論文の著者らのみならず多方面からの検討がなされることを期待したい。

(関連文献)
1. Bunting SF, Callen E, Wong N, Chen HT, Polato F, Gunn A, Bothmer A, Feldhahn N, Fernadez-Capetillo O, Cao L, Xu X, Deng CX, Finkel T, Nussenzweig M, Stark JM, and Nussenzweig A. 53BP1 inhibits homologous recombination in Brca1-deficent cells by blocking resection of DNA breaks. Cell 141, 243-254 (2010)
2. Vandenberg CJ, Gergely F, Ong CY, Pace P, Mallery DL, Hiom K, and Patel KJ. BRCA1-independent ubiquitination of FANCD2. Mol. Cell 12, 247-254 (2003).
3. Bouwman P, Aly A, Escandell JM, Pieterse M, Bartkova J, van der Gulden H, Hiddingh S, Thanasoula M, Kulkarni A, Yang Q, Haffty BG, Tommiska J, Blomqvist C, Drapkin R, Adams DJ, Nevanlinna H, Bartek J, Tarsounas, Ganesan S, and Jonkers J. 53BP1 loss rescues BRCA1 deficiency and is associated with triple-negative and BRCA-mutated breast cancers. Nat. Struct. Mol. Biol. 17, 688-695 (2010)
4. Pace P, Mosedale G, Hodskinson MR, Rosado IV, Sivasubramaniam M, and Patel KJ.
Ku70 corrupts DNA repair in the absence of the Fanconi anemia pathway. Sci. 239, 219-223 (2010)
5. Adamo A, Collis SJ, Adelman CA, Silva N, Horejsi Z, Ward JD, Martinez-Perez E, Boulton SJ, and La Vople A. Preventing nonhomologous end joining suppresses DAN repair defects of Fanconi anemia. Mol. Cell 39, 25-35 (2010)