日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

マウス造血幹細胞機能における内在性アルデヒドの遺伝毒性的帰結

論文標題 Genotoxic consequences of endogenous aldehydes on mouse haemotopoietic stem cell function.
著者 Garaycoechea JI, Crossan GP, Langevin F, Daly M, Arends MJ, Patel KJ.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 489, 571-575, 2012
キーワード アルデヒド , 造血幹細胞 , ファンコニ貧血 , aldh2

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 ファンコニ貧血(Fanconi anemia: FA)はゲノム不安定症候群に分類される稀なヒト遺伝疾患であり、FA患者は骨格形成異常、進行性骨髄不全、高発がん性などを特徴とする。これまでFAがDNA鎖間架橋(interstrand cross links: ICLs)修復に関わることは広く知られていたが、内因性のどのようなDNA損傷を修復するのかよくわかっていなかった。Ketan J. Patel博士(Medical Research Council, UK)のグループは、代謝により生じる内因性のアルデヒドがDNA損傷を引きおこし、FA経路がアルデヒドによる損傷修復に重要であることを示してきた(参考文献1,2)。
 FAの小児患者は骨髄不全とがんの一種である白血病が死亡原因となることが多いが、どちらの事例とも幹細胞への遺伝的ダメージが原因とされる。造血幹細胞(hematopoietic stem cells: HSCs)は生涯にわたり血液細胞を産生する。加齢に伴いHSCの機能的質は低下し、その原因の一部はDNA損傷の蓄積と考えられている。しかし、DNA損傷をもたらす要因やその防御機構はよくわかっていない。彼らは今回の論文ではHSCに集中して解析し、内因性アルデヒドがHSCに遺伝毒性を示し、FA経路がその防御に重要であることを報告している。この結果はFA患者にみられる骨髄不全の原因をうまく説明するだけでなく、HSCにおける内因性の反応性代謝産物とDNA損傷の新しいリンクとその防御機構を明らかにした。
 著者らは前報で、体内でアセトアルデヒドの代謝を担うaldh2遺伝子に着目した。aldh2-/-単独欠損マウスは著明な表現型を示さないが、aldh2-/- fancd2-/-の二重ホモ欠損マウスは胎生致死となる。ただし母親がaldh2+/-ヘテロの場合は(アセトアルデヒドの胎盤を通じたやり取りで)、二重ホモ欠損胎児の胎生致死が抑制される。さらに妊娠した母体にエタノールを投与した場合には二重変異をもった胎児の出生率は大幅に減少し、多くの胎児に奇形がみられた。aldh2-/- fancd2-/-二重ホモ欠損マウスはアルコール投与により、T細胞性の急性白血病が出現した(参考文献1)。
 今回の論文では、急性白血病を発症しなかったaldh2-/- fancd2-/-二重ホモ欠損マウスを解析し、二重欠損マウスは全血液細胞の減少、骨髄細胞の減少がみられ、一部の個体では加齢に伴い重篤な再生不良性貧血が発症し、骨髄細胞の著しい減少がみられることを見いだした。これまでFA経路遺伝子の単独欠損マウスでは貧血症状が見られなかったが、このaldh2-/- fancd2-/-二重欠損マウスの貧血症状はヒトFA疾患の貧血症状の特徴と良く一致する。aldh2-/- fancd2-/-二重欠損マウスの造血幹細胞および始原細胞(haematopoietic stem and progenitor cell: HSPC)にはDNAダメージの集積やアポトーシス活性の上昇が観察された。興味深いことに、fancd2-/-マウスのアセトアルデヒドに対するaldh2欠損の影響はHSPCで顕著であるが、より分化した血液細胞(B細胞、赤芽球前駆細胞、顆粒球−マクロファージ前駆細胞)ではaldh2欠損は余り影響しない。つまり、ALDH2の機能はHPSCにより強く要求される。彼らはHSCのアルデヒド分解活性がaldh2ノックアウトによりほぼ消失すること、従ってHSCに発現する主要なALDHアイソザイムはALDH2であることも示している。また、aldh2-/- fancd2-/- 二重欠損マウスは野生型に比べ約600倍の造血幹細胞の減少がみられた。以上のことは、ヒトFA患者でみられる骨髄不全は、おそらく造血幹細胞プールに限定された内在性アルデヒドによる遺伝毒性が原因と考えられる。
 この研究はFAの将来への治療法の手がかりとなるばかりでなく、内因性のアルデヒドがHSCに高い毒性を示し、もし然るべき防御措置がとられなければ幹細胞の機能不全や死に至るという加齢プロセスを理解する上で重要なモデルを提示したとも受け取れる。DNA修復、DNA損傷応答にとどまらず他分野へのインパクトも大きいと考え、紹介した。

<参考文献>
1. Langevin F, Crossan GP, Rosado IV, Arends MJ, Patel KJ. (2011) FancD2 counteracts the toxic effects of naturally produced aldehydes in mice. Nature, 475, 53-58.
2. Rosado IV, Langevin F, Crossan GP, Takata M, Patel KJ. (2011) Formaldehyde catabolism is essential in cells deficient for the Fanconi anemia DNA-repair pathway. Nature Struct. Mol. Biol., 18, 1432-1434.