日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

未修復のDNAクラスター損傷は染色体不安定性を誘起する

論文標題 Unrepaired clustered DNA lesions induce chromosome breakage in human cells.May 17;108(20):8293-8
著者 Asaithamby A, Hu B, Chen DJ.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci U S A. 108, 8293-8298, 2011.
キーワード クラスター損傷 , 染色体不安定性 , LET , DNA損傷 , 重粒子線

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 高LET (linear energy transfer) 放射線である重粒子線はDNAに複数の損傷部位や集中的な損傷すなわちクラスター損傷を引き起こす事が知られている(計算上40bp程の中に数カ所の損傷を生じるという報告もある)。クラスター損傷には塩基損傷、一重鎖切断、二重鎖切断が含まれており、非常に複雑な損傷である為にその修復は難しく、しばしば細胞死に至る。重粒子線照射により染色体異常が増加するという事実も同時に確認されているが、染色体異常の生成メカニズムは多くの点で不明のままであった。
今回筆者らは、重粒子放射線により生じたDNA損傷とその運命を、免疫染色の3D解析法や染色体標本、細胞周期解析を用いて検証した。重粒子放射線として1GyのSi (LET 44 keV/μm) とFe (LET 150 keV/μm)の核種を主に用いて、細胞に与える影響を比較している。また、塩基損傷にはhOGG1、一重鎖切断にはXRCC1、二重鎖切断には53BP1をそれぞれの損傷のマーカーとして用い、細胞はヒト癌細胞であるHT1080細胞を用いている。
 まず筆者らは放射線照射後に、上記のマーカーを用いて損傷の度合いを測定した。ガンマ線照射では照射30分後に全てのマーカータンパク質のフォーカスが共染色している部位は4%程度であるのに対し、H2O2では0%であった。これらのことから、3種類のマーカータンパク質が共染色しているフォーカスは即ちクラスター損傷が生じている部位であると筆者らは定義している。ガンマ線のクラスター損傷フォーカスは24時間後にはほぼ全て消失していた。それに対し、SiやFe照射では30分後に形成されたフォーカスは3種類のフォーカスがSiでは40%以上、Feでは70%以上共染色しており、24時間後にはSiでは6%、Feでは36%程度、共染色したフォーカスが残っていた。以上の結果はガンマ線、Si、Feの順にLETの高さに依存してクラスター損傷を引き起こす割合が増加する事を示しており、クラスター損傷は24時間経過しても修復されずに残っている可能性を示唆している。
 次に3D解析ソフトを用いて3つのマーカーが共染色しているフォーカスにおいて、各タンパク質の局在状況を検討している。その解析によると塩基損傷(hOGG1)が中心に小さいフォーカスを形成し、それを取り囲むように一重鎖損傷(XRCC1)、そして全体を二重鎖損傷(53BP1)のフォーカスが形成するというようになっていた。さらにクラスター損傷の生成がクロマチンの状態に左右されるかどうかを検討する為に、ヘテロクロマチンのマーカータンパク質であるヒストンH3K9のトリメチル化を確認した所、24時間後も残存している53BP1(この実験でクラスター損傷のマーカータンパク質として使用)のフォーカスと特異的に共染色することはなかった。これらはクラスター損傷の修復しづらい部位とクロマチンの状態が関係ない可能性を示唆している。
 さらに、放射線照射後の染色体異常の割合を検討した結果、Feイオン照射後はSiイオンやガンマ線照射と比較して、大きく染色体異常の割合が増加していた。また、染色体異常には染色体型と染色分体型に分かれるが、Feイオン照射後は双方の型の染色体異常が増加していた。
 最後に筆者らは放射線照射後に細胞周期解析を行っている。それによると、各種放射線(ガンマ線、Si、Fe)を照射後、G2/Mチェックポイントで停止している細胞は8時間(50-60%)をピークに増加し、12時間後に基底状態(30-40%)まで減少するが、Fe照射のみ12時間後でも50%以上がG2/M期チェックポイントで止まっていた。一方、M期の細胞はガンマ線、Si、Feの全ての放射線で同様の挙動を示し、照射2時間後は20%前後まで低下した細胞の割合が徐々に増加し、12時間後には100%まで達した。これらの実験結果は全ての照射細胞が最終的にはG2/Mチェックポイントを通過する事を示唆している。しかし、照射後にクラスター損傷のフォーカスの数を時間経過で検討すると8時間、12時間(G2アレスト)で7つのクラスター損傷が、24時間後(G2/Mチェックポイントリリース)には6個程のクラスター損傷が残っていた。これらの結果は未修復のクラスター損傷がG2/Mチェックポイントを通過し、その後細胞分裂に至る事を示唆している。
 以上のことから重粒子線照射によるクラスター損傷が完全に修復完了していない細胞もG2/Mチェックポイントを通過し細胞周期が動き始めることを示唆しており、DNA損傷を保持した細胞が分裂を繰り返す事により染色体が不安定化し、発癌のリスクが高まるのではないかと筆者らは推測している。
 今回の論文で筆者らは3種類の損傷マーカーで共染色することにより、重粒子線誘発クラスター損傷を検出する事に成功している。今後のクラスター損傷解析に今回の実験手法が役立つ事が期待される。

<参考文献>
Repair of HZE-particle-induced DNA double-strand breaks in normal human fibroblasts. Asaithamby A, Uematsu N, Chatterjee A, Story MD, Burma S, Chen DJ. Radiat Res. 2008 Apr;169(4):437-46.