日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ファンコニ貧血蛋白質FANCD2はマウスにおいて内因性代謝産物アルデヒドの毒性に拮抗する

論文標題 Fancd2 counteracts the toxic effects of naturally produced aldehydes in mice.
著者 Langevin F, Crossan GP, Rosado IV, Arends MJ, Patel KJ.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 475, 53-58, 2011.
キーワード ファンコニ貧血 , アセトアルデヒド , FANCD1 , adlh2

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ファンコニ貧血(Fanconi anemia, FA)はスイスの小児科医Guido Fanconi博士によって初めて報告されたまれな小児遺伝性疾患で、進行性の骨髄不全、高発がん性(白血病、扁平上皮がん)、骨格異常を特徴とする。1973年、佐々木正夫らにより、FA患者細胞においてマイトマイシンCなどのクロンスリンク薬剤処理後、染色体断絶が頻発する事が発見され(Sasaki & Tonomura, 1973)、FA分子の機能とDNAクロスリンクの関係が示唆された。21世紀になってFAの研究は急速に進展し、現在では15に及ぶ原因遺伝子が同定されている。その病態の根本がDNAクロスリンク修復欠損であることは今やコンセンサスである(Kitao & Takata, 2011)。しかし、実際の患者において、骨髄不全、白血病、耳鼻科領域や食道のがんを引き起こしているDNA損傷物質は一体なんなのか。MMCやシスプラチンであるはずもなく、大きな疑問として残されている。
 数年まえ、DT40細胞のノックアウト細胞パネルを利用して、ノースキャロライナ大の中村らは、FA細胞が血清レベル程度の濃度のフォルムアルデヒドに強い感受性を示す事を報告し、FA原因遺伝子が修復しているDNA損傷がフォルムアルデヒドによってひきおこされている可能性を示唆した(Ridpath et al, 2007)。この先駆的な仕事に引き続いて、今回、英国ケンブリッジ大のKJ Patelらは、ノックアウトマウスを用いて、FA遺伝子FANCD2と、アセトアルデヒド代謝に重要なALDH2(acetaldehyde dehydrogenase 2、エタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドを酢酸にまで分解する)の両遺伝子に強い遺伝的相互作用(genetic interaction)を認めて報告している(Langevin et al, 2011)ので、紹介する。
 彼らは、生下時のFA患児の奇形が、胎児性アルコール症候群患児の奇形と区別がつかないというある小児科医の言葉から、FAでは何らかの胎児被曝のような現象があるのではないかと着想したという(私信)。彼らはまずニワトリDT40細胞のFAノックアウトを解析し、FA分子の欠損状態が特異的にアセトアルデヒドに感受性が強いことを確かめた。そこで、彼らはALDH2のノックアウトマウスを用意し、以前樹立されていたFANCD2ノックアウトマウスと掛け合わせを試みた。
 ALDH2のみのノックアウトマウス(ALDH2-/-)は、予想通りメンデルの法則に従って生まれ、何の表現型も示さなかった。ALDH2-/-FANCD2-/-マウスを得るため、ALDH2+/-FANCD2+/-とALDH2-/- FANCD2+/-の二つのgenotypeをオスとメスマウスそれぞれで用意し、クロスしたところ、メスがALDH2-/-の場合、ALDH2-/-FANCD2-/-のgenotypeのマウスは決して生まれず、胎生9.5日と13.5日の間での致死であることが判明した。オスがALDH2-/-の場合には問題無く生まれてくるため、これは胎児と母体をあわせてALDH2の正常アレルが一つもないと、自然に産生されるアセトアルデヒドが分解できず(アセトアルデヒドは胎盤を通過する)、FANCD2-/-マウスが生存不可能になると解釈できる。
 さらに、彼らは妊娠中のマウスへのエタノール投与により、ALDH2-/-FANCD2-/-マウスが非常にエタノールに感受性が強く、奇形が頻発することを確認した。また、生後6-8週のALDH2-/-FANCD2-/-マウスに10日間エタノール投与したところ、骨髄不全が強く誘発され、骨髄細胞にDNA損傷マーカーであるγH2AXが認められた。さらに、FANCD2-/-マウスでは上皮性のがんが見られるのに対して、このダブル変異マウスでは、3-6ヶ月の間にT細胞性の白血病が出現し、寿命が短縮することが観察された。
 これらの実験結果から、著者らはアセトアルデヒドがファンコニ貧血の症状の原因物質として関与すると論じている。また、アセトアルデヒドの産生の低下や分解の促進法が、ヒトのFAの新たな治療法へのアプローチとなることを示唆している。いまのところ、アセトアルデヒドがどのようにDNAを傷害しているのか不明だが、DNA-蛋白質、DNA-DNAのクロスリンクを作っている可能性が考えられる。また、これらの結果からは、母親が習慣性あるいは大量に飲酒した場合の胎児性アルコール症候群とDNAダメージとの関連も示唆される。

 面白いことに、日本人をはじめとした東アジア人ではほぼ5割の人間がALDH2の変異型アレル(Lys型)をもち、その活性は正常型(Glu型)に比べ非常に低く、ヘテロ(Glu/Lys型)でも10分の1程度である(ドミナントネガティブ効果による)。ホモないしヘテロ変異型のヒトが飲酒するとアセトアルデヒドによる中毒症状(顔面紅潮、悪酔い症状)が出現しやすい。また、ヘテロ変異型では慣れから飲酒習慣を持つことも多いが、その場合、飲酒をリスク要因とした食道がんなどの発生率が10倍ほども高いと言われている。飲酒後のflushingの有無によって、ALDH2の遺伝子型はほぼ確実に判定できると言われており、そのような個人には、がん予防のため飲酒を避けることが強く勧められている(Brooks et al, 2009)。このような発がんは、アセトアルデヒドによるDNAダメージによる可能性が高いし、これはファンコニ貧血患者でみられる食道や舌がんなどにも関連していることが考えられる。
 以上、本論文は、単にファンコニ貧血の研究にとどまらず、アルコールによる発がん、奇形の誘発等、さまざまな方面へインパクトのある研究であり、意義深いものと考え、紹介した。ファンコニ貧血の病態出現に、内因性代謝産物によるDNA傷害を考える必要が強く示唆される。

<参考文献>

Brooks PJ, Enoch MA, Goldman D, Li TK, Yokoyama A (2009) The alcohol flushing response: an unrecognized risk factor for esophageal cancer from alcohol consumption. PLoS Med 6: e50

Kitao H, Takata M (2011) Fanconi anemia: a disorder defective in the DNA damage response. Int J Hematol 93: 417-424

Langevin F, Crossan GP, Rosado IV, Arends MJ, Patel KJ (2011) Fancd2 counteracts the toxic effects of naturally produced aldehydes in mice. Nature 475: 53-58

Ridpath JR, Nakamura A, Tano K, Luke AM, Sonoda E, Arakawa H, Buerstedde JM, Gillespie DA, Sale JE, Yamazoe M, Bishop DK, Takata M, Takeda S, Watanabe M, Swenberg JA, Nakamura J (2007) Cells deficient in the FANC/BRCA pathway are hypersensitive to plasma levels of formaldehyde. Cancer Res 67: 11117-11122

Sasaki MS, Tonomura A (1973) A high susceptibility of Fanconi's anemia to chromosome breakage by DNA cross-linking agents. Cancer Res 33: 1829-1836