BRCA1遺伝子による腫瘍抑制はヘテロクロマチン形成を介した転写サイレンシングでおこる
論文標題 | BRCA1 tumour suppression occurs via heterochromatin-mediated silencing. |
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著者 | Zhu Q, Pao GM, Huynh AM, Suh H, Tonnu N, Nederlof PM, Gage FH, Verma IM. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature, 477, 179-184, 2011 |
キーワード | BRCA1 , ヘテロクロマチン , サイレンシング , ヒストンH2A , ユビキチン化 |
BRCA1は、1994年当時ユタ大学留学中の三木義男らによって家族性集積を示す乳がんの原因遺伝子としてその同定が報告された(参考論文1)。BRCA1変異は乳がんのみならず、卵巣がんの原因ともなることが知られている。患者でみられるがん細胞では健常アレルが欠失しているとされ、典型的腫瘍抑制遺伝子のひとつと考えられる。一次構造としては、N末にユビキチンE3リガーゼ活性を持つRing finger、C末にリン酸化蛋白質と相互作用するBRCTドメインを持っている。Ring fingerドメインではBARD1と会合し、BRCTドメインではAbraxas、Brip1、CtIPなどと会合し、それぞれA複合体、B複合体、C複合体とよばれている。さらに1995年に報告されたBRCA2とも、PALB2分子を介して複合体を形成することが知られている(参考論文2)。
BRCA1はゲノムの安定性に重要な働きをしていると考えられているが、その具体的な分子機能としては、DNA損傷修復、細胞周期チェックポイント、転写制御、DNA複製、セントロソーム機能、X染色体不活化など多岐にわたり、統一的に理解することが困難であった。また、BRCA1のユビキチン化基質として決定的なものが見つかっているとは言い難く、BRCA1のRing fingerのポイント変異によってE3活性を失ったBRCA1変異細胞においても細胞生存と相同組換えによるDNA修復に問題がないと報告されており(参考論文3)、腫瘍抑制にBRCA1のどの機能が必要なのかは不明の状況が続いてきた。
今回のInder Vermaらによる論文では、BRCA1がヒストンH2Aのモノユビキチン化を介して一部のヘテロクロマチン領域を制御して腫瘍抑制に機能することを報告しているので紹介したい(参考論文4)。
まず彼らは、BRCA1をNestin分子発現細胞(神経幹細胞に相当)特異的にノックアウトし、ヘテロクロマチンをDAPI染色やHP1蛋白質の分布、ユビキチン化ヒストンH2Aの分布により調べたところ、BRCA1ノックアウトでは有意にヘテロクロマチン領域が減少していることを見出した。同時にヘテロクロマチンを構成するメジャー、マイナーのサテライトリピート領域からの転写が数十倍に増大しており、これはBRCA1を再発現することで抑制できた。また、神経幹細胞以外にマウス乳腺細胞、ヒト乳がん細胞株においても同様のことがみいだされ、後者はE3リガーゼ活性をもつBRCA1では抑制できてもE3活性を失ったBRCA1では抑制できなかった。クロマチン免疫沈降により、BRCA1はサテライトリピート領域に局在しており、BRCA1欠損ではユビキチン化H2Aが同領域で失われることもわかった。これらの結果は、BRCA1がサテライトリピート領域のH2Aをモノユビキチン化することで、ヘテロクロマチン化を維持し、その転写を抑制することを示唆している。
では、BRCA1のサテライトリピートのヘテロクロマチン化は、H2Aモノユビキチン化を介して行われていると言ってよいであろうか?著者らは、H2Aと一つのユビキチンの融合遺伝子を作成し、レンチウイルスでBRCA1欠損細胞株やマウス神経幹細胞に導入し、サテライトリピートの転写抑制(サイレンシング)を調べた。面白いことに、導入細胞ではBRCA1がなくてもサイレンシングはきちんと起こっており、BRCA1のサイレンシング機能はH2Aモノユビキチン化を介したものと結論される。さらに、これらの細胞を用いて、BRCA1欠損でみられる表現型が相補されているか調べたところ、細胞増殖の欠損、アポトーシス誘導が正常化し、さらに相同組換えの欠損すら正常化していた。
さらにBRCA1欠損のマウス乳がんモデル、ヒト乳がん患者組織において、サテライトリピート転写物の量が増大していることがわかった。このサテライト領域転写の脱抑制が乳がん形成に役割を持つかどうか検証するため、レンチウイルスによってサテライト転写物をヒト乳腺上皮細胞に強制発現させた。これらの細胞は、染色体異常(bridged and lagging chromosomes)、中心体増幅、γH2AXフォーカスなどを示し、BRCA1欠損細胞と同様の表現型であった。さらに、相同組換えの欠損も見出され、サテライトリピート強制発現による表現型は、ゲノム不安性を引き起こすものと思われた。
これらの結果から、BRCA1の腫瘍抑制におけるプライマリーなユビキチン化ターゲットは、H2Aであると示唆される。他のユビキチン化酵素(polycombのRING A/B、RNF8等)もH2Aをユビキチン化することが知られているが、サテライトリピートのサイレンシングには関与していないことを著者らは確認している。最近の論文で、様々な上皮系のがんにおいてサテライトリピートの高発現が報告されている(5)。したがって、これらの結果は、発がん進展にサテライトリピート転写物がゲノム不安定性を誘導することによって寄与することを示唆している。
今回の著者らの論文により(これが正しければ)、BRCA1の最重要ターゲットが同定されたことになる。H2A-ユビキチン融合遺伝子による相補実験、サテライトリピート強制発現実験と、繰り出す実験がぴたりと決まって、実に面白く爽快な感覚を覚える論文である。このストーリーの一番の問題は、サテライトリピートの発現がどのようにして相同組換えに影響するのか示されていない点であろう。この驚くべき結果が本当に正しいのか、いくつもの研究グループが追試をはじめていると思われる。今後の進展を期待する。
<参考論文>
1. Miki Y, Swensen J, Shattuck-Eidens D, Futreal PA, Harshman K, Tavtigian S, et al. A strong candidate for the breast and ovarian cancer susceptibility gene BRCA1. Science 1994; 266: 66-71.
2. Huen MS, Sy SM, Chen J. BRCA1 and its toolbox for the maintenance of genome integrity. Nat Rev Mol Cell Biol 2010; 11: 138-48.
3. Reid LJ, Shakya R, Modi AP, Lokshin M, Cheng JT, Jasin M, et al. E3 ligase activity of BRCA1 is not essential for mammalian cell viability or homology-directed repair of double-strand DNA breaks. Proc Natl Acad Sci U S A 2008; 105: 20876-81.
4. Zhu Q, Pao GM, Huynh AM, Suh H, Tonnu N, Nederlof PM, et al. BRCA1 tumour suppression occurs via heterochromatin-mediated silencing. Nature 2011; 477: 179-84. 5. Ting DT, Lipson D, Paul S, Brannigan BW, Akhavanfard S, Coffman EJ, et al. Aberrant overexpression of satellite repeats in pancreatic and other epithelial cancers. Science 2011; 331: 593-6.