日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

BRCA1 による腫瘍抑制はBRCT ドメインのリン酸化蛋白質結合に依存し、E3 リガーゼ活性には依存しない

論文標題 BRCA1 tumor suppression depends on BRCT phosphoprotein binding, but not its E3 ligase activity.
著者 Shakya R, Reid LJ, Reczek CR, Cole F, Egli D, Lin CS, deRooij DG,Hirsch S, Ravi K, Hicks JB, Szabolcs M, Jasin M, Baer R, Ludwig T.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science. 334, 525-528, 2011.
キーワード BRCA1 , BRCT , E3リガーゼ , 相同組換え , 染色体安定性

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 家族性乳がん遺伝子BRCA1のN末近傍のRingドメインは、BRCA1のユビキチンE3リガーゼ活性を担っており、C末のBRCTドメインは、リン酸化蛋白質との会合に機能することが知られている(参考論文1)。Ringドメインの機能欠失型変異が家族性乳がん患者で同定されているため、BRCA1の腫瘍抑制機能がユビキチン化によるものであることは自明のことと考えられてきた。先日、この欄でBRCA1の乳がん発症抑制がH2Aのユビキチン化を介したヘテロクロマチン維持の消失によるという論文(参考論文2)を紹介したが、今度はBRCA1のユビキチン化活性は腫瘍抑制には必要ないという論文が出版された(参考論文3)。
 BRCA1蛋白質が欠損した場合、細胞増殖と生細胞率は低下し、Rad51フォーカスやHR修復が欠損する(参考論文1)。しかし、これらの所見から、BRCA1のE3リガーゼ活性がBRCA1の細胞機能に重要なのかどうか、結論を出すことはできない。そこで、コロンビア大のLudwigらは、すでに2008年の時点でRingドメインに点変異(I26A)をノックインしたマウスES細胞を作成し、この細胞でBRCA1のE3リガーゼ活性が失われていることを確認した。そして、BRCA1-I26Aを発現する細胞では、相同組換え(homologous recombination, HR)によるDNA修復がほとんど正常であること、HRの中心分子Rad51のDNA損傷部位への集積(フォーカス形成)が正常であることを報告した(参考論文4)。

 今回、Ludwigらは、このES細胞からマウス個体を作出したところ、マウスはメンデルの法則に従って誕生し、男性不妊と睾丸が小さいこと、体重が5-10%程度少ないほかは、正常に発育することを見出した。BRCA1ヌルのマウスが致死であることを考えると、E3リガーゼ活性自体はBRCA1の生物学的機能のすべてに必要なわけではないと考えられた。彼らは、このマウスを、p53など遺伝子欠損や、臓器特異的に組換え酵素Creを発現させ、BRCA1をシャットオフするなどの手段による発癌モデルと掛け合わせ、その影響を調べた。
 結論は単純で、膵臓がん、乳がんなどの発癌モデルマウスで、BRCA1-I26Aは野生型と同等の腫瘍抑制効果を示し、E3リガーゼ活性は必要ないことが判明した。
 彼らはさらに、BRCA1C末のBRCTドメインのノックインマウス(S1598F)も作成し、同様に調べた。このマウスは致死ではなかったが、細胞増殖やセントロソーム増幅、染色体安定性などに異常を認め、さらにBRCA1とRad51のフォーカス形成の低下が見られた。さらに、Ringドメイン変異と同様に発癌モデルと掛け合わせたところ、今度は明らかに腫瘍出現を認め、BRCTドメインがBRCA1の腫瘍抑制効果に必要であることが明らかとなった。
 I26Aの変異では発癌抑制が野生型と同様としても、C61GなどのRingドメイン変異が患者サンプルで発見されているのは事実である(参考論文1)。この一見矛盾した所見は、I26A変異はBRCA1のRingドメインでの会合因子BARD1との会合に影響しないが、C61GなどはBARD1会合が失われることで説明されている。すなわち、腫瘍抑制にE3リガーゼ活性は重要でないが、BARD1との会合は必須なのである。そうであるとすれば、H2Aのユビキチン化がBRCA1の腫瘍抑制活性に重要とした論文(参考論文2)をどう解釈したらよいのか。少なくとも、あの論文は腫瘍発生への影響を直接には調べてないので、タイトルにある「腫瘍抑制」はお手つきのように思われる。両論文間のデータの矛盾がどう解消されていくのか、今後の研究の進展に注目したい。
 また、腫瘍抑制に重要なBRCTドメインのリン酸化会合因子はいったいなんなのであろうか。従来リン酸化依存的にBRCTドメインとの会合が報告されているAbraxas、Brip1(=FANCJ)、CtIPが当然候補としてあがる。FANCJはそれ自体が家族性乳がん遺伝子である。また、最近CtIPの変異がSeckel症候群で同定された(5)。FANCJがBRCA1の腫瘍抑制機能のパートナーなのか?

<参考論文>
1. Huen MS, Sy SM, Chen J. BRCA1 and its toolbox for the maintenance of genome integrity. Nat Rev Mol Cell Biol 2010; 11: 138-48.
2. Zhu Q, Pao GM, Huynh AM, Suh H, Tonnu N, Nederlof PM, et al. BRCA1 tumour suppression occurs via heterochromatin-mediated silencing. Nature 2011; 477: 179-84.
3. Shakya R, Reid LJ, Reczek CR, Cole F, Egli D, Lin CS, et al. BRCA1 tumor suppression depends on BRCT phosphoprotein binding, but not its E3 ligase activity. Science 2011; 334: 525-8.
4. Reid LJ, Shakya R, Modi AP, Lokshin M, Cheng JT, Jasin M, et al. E3 ligase activity of BRCA1 is not essential for mammalian cell viability or homology-directed repair of double-strand DNA breaks. Proc Natl Acad Sci U S A 2008; 105: 20876-81.
5. Qvist P, Huertas P, Jimeno S, Nyegaard M, Hassan MJ, Jackson SP, et al. CtIP Mutations Cause Seckel and Jawad Syndromes. PLoS Genet 2011; 7: e1002310.