脱アセチル化酵素SIRT1はATM、HDAC1と共にニューロンにおけるゲノム安定性維持に機能する
論文標題 | SIRT1 collaborates with ATM and HDAC1 to maintain genomic stability in neurons |
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著者 | Dobbin MM, Madabhushi R, Pan L, Chen Y, Kim D, Gao J, Ahanonu B, Pao PC, Qiu Y, Zhao Y, Tsai LH |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat Neurosci, 16, 1008-1015, 2013 |
キーワード | 神経変性 , DNA損傷応答 , 老化 |
脱アセチル化酵素SIRT1はATM、HDAC1と共にニューロンにおけるゲノム安定性維持に機能する
SIRT1 collaborates with ATM and HDAC1 to maintain genomic stability in neurons.
Dobbin MM, Madabhushi R, Pan L, Chen Y, Kim D, Gao J, Ahanonu B, Pao PC, Qiu Y, Zhao Y, Tsai LH.
Nat Neurosci, 16, 1008-1015, 2013.
キーワード: 神経変性、DNA損傷応答、老化
紹介者:島田幹男(セントジュード小児研究病院・遺伝学部門)
DNA修復機構は放射線等の環境因子への防御機構としてのみならず、生物の発生過程や恒常性維持においても 重要な応答機構である。とりわけ脳神経の発生時にはエネルギー生成のためにミトコンドリアから大量の活性酸素が発生し、ゲノムDNAに損傷を与えるために、DNA修復因子の遺伝的欠損は小頭症、神経変性といった遺伝的神経疾患の原因となる。また、成熟した脳においても、 アルツハイマー病の神経細胞においてDNA損傷が増加している事が報告されている。
一方、SirtuinはNAD+依存的リジン脱アセチル化酵素でありヒストン及びその他のタンパク質を基質とし、老化や、神経変性といった疾患との関与や、ゲノム安定性、細胞増殖といった幅広い生物の恒常性維持に機能していると考えられている。Sirtuinの哺乳類ホモログはSIRT1-7が知られており、特にSIRT1は広く研究されている。SIRT1のヒストン以外の基質としてp53, NF-B, forkhead transcription factor (FOXO), Ku70等が同定されており、例えばp53, Ku70を脱アセチル化することによりそれぞれDNA損傷応答、及びアポトーシスを制御する。筆者らは以前に 神経変性のマウスモデルであるCK-p25マウスにおいてSIRT1の過剰発現が神経疾患を抑制する働きを持つ事を見いだしている。本論文において筆者らは神経細胞におけるSIRT1のゲノム安定性における役割を検討した。
まず、筆者らはSirt1loxP/loxPコンディショナルマウスからニューロンを樹立し、Creリコンビナーゼをレンチウイルスベクターで発現させる事により、Sirt1ノックアウトニューロンを作製した。これらの細胞においてコメットアッセイを用いてDNA修復能を検討したところ、ノックアウト細胞では損傷を与えずとも、既に損傷の指標であるコメットテイルが見いだされ、エトポシドによる二重鎖切断を誘起後はさらに損傷レベルが増加した。次にエトポシドを除いて損傷からの回復を観察したところ、ノックアウト細胞では顕著に修復の遅滞が見られた。さらに、shRNAによるSIRT1ノックダウン細胞においてGFPレポーターアッセイによってNHEJ活性を検討すると、低下していた。一方ノックアウト細胞ではエトポシドによる損傷後、免疫染色においてリン酸化H2AXのフォーカスが見られなかった。また、特定の場所に二重鎖切断を起こして集まってくるタンパク質をChIPアッセイで検出したところ、リン酸化ATM, NBS1の損傷部位への集積が減少していた。これらの結果から、SIRT1は損傷応答の初期に機能する事が示唆された。
筆者らは以前にCK-p25発現によって惹起された神経疾患をヒストン脱アセチル化酵素であるHDAC1の過剰発現が抑制する事も報告しているため、SIRT1とHDAC1が相互作用して神経細胞のゲノム安定性に機能している可能性を検討した。まず、in vitroで Flag-SIRT1とHis-HDAC1が直接結合することが免疫沈降法により確認された。次に細胞内での相互作用を検討するためにカンプトテシンで二重鎖切断を誘起すると、損傷依存的にSIRT1とHDAC1が結合する事が免疫沈降法で確認された。SIRT1とHDAC1はともにDNA損傷部位に集積・共局在することが免疫染色、micro irradiation、ChIPから確認された。さらに様々なDNA修復因子をsiRNAノックダウンしてmicro irradiationにより検討すると、 SIRT1の集積はATM依存的であるのに対し、HDACの集積はNBS1, Ku70/80依存的であった。さらに SIRT1をノックダウン後は損傷部位へのHDAC1の集積が顕著に減少していた。以上の結果からATM依存的にSIRT1が損傷部位に集積し、そこにHDAC1が集積してくる事を示唆された。また、筆者らはHDAC1がSIRT1によりSIRT1により脱アセチル化されるアミノ酸残基をMass spectrometry解析により同定し、SIRT1依存的にHDAC1が脱アセチル化・活性上昇することを確認し、HDAC1の脱アセチル化がDNA損傷応答に重要である事を証明している。
最後に筆者らは神経変性モデルマウスにSIRT1を活性化する薬剤を投与したところ、非投与ではリン酸化H2AXのフォーカスが多く見られるのに対し、投与マウスでは優位にフォーカスが減少していた結果を得ている。
さて、筆者らが本論文で提案しているSIRT1依存的なDNA損傷応答機構はまとめると次の通りである。まずATM依存的にSIRT1が損傷部位にリクルートされ、その後SIRT1依存的にATMの自己リン酸化が促進される。DNA損傷の初期応答にはMRE11-RAD50-NBS1複合体によるATMの活性化が必要である事が知られているが、NBS1がSIRT1により脱アセチル化される事が既に報告されており、本論文でもSIRT1のノックアウト細胞ではNBS1の損傷部位への集積が減少した事からSIRT1によるNBS1の脱アセチル化がDNA損傷応答の開始に重要だと思われる。このような初期応答開始後、HDAC1がSIRT1により脱アセチル化・活性化され、NHEJ(非相同末端結合修復)が促進されるという経路を筆者らは提起している。
本論文では神経細胞において 老化制御因子として知られるSirtuinの哺乳類ホモログSIRT1がATM、HDAC1と共役してクロマチンレベルでの制御を行い、DNA損傷応答を制御するという機構を明らかにしている。 アルツハイマー病などはタンパク質のミスフォールディングが原因の一つとして考えられているが、今回の報告のようにDNA損傷の蓄積が原因の一つという仮説は興味深い。さらに筆者らは、マイクロアレイ解析を行うと人の脳では記憶や学習に関する遺伝子の発現が45歳を過ぎると抑制されており、抑制されていた遺伝子のプロモーター部位には酸化損傷が蓄積していたとディスカッションで述べており、DNA損傷の蓄積が遺伝子発現抑制を通して脳の老化現象に関わっていることを示唆しており、興味ある知見である。今回筆者らが示したようにSIRT1の活性化剤等を投与する事によりDNA修復活性が増加し、抗神経変性効果が見られるのであれば臨床的にも有意義な知見であると思われます。