日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

p53制御による放射線防護

論文標題 Sodium orthovanadate inhibits p53-mediated apoptosis.
著者 Morita A, Yamamoto S, Wang B, Tanaka K, Suzuki N, Aoki S, It A, Nakano T, Ohya S, Yoshino M, Zhu J, Enomoto A, Matsumoto Y, Funatsu O, Hosoi Y, Ikekita M.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Res. 70, 257-265, 2010.
キーワード p53 , 放射線障害 , 防護剤 , アポトーシス , アポトーシス

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 急性放射線障害の原因として骨髄や小腸などの高感受性組織の障害が知られている。従来の放射線防護剤はチオリン酸化合物などの活性酸素除去剤が中心であったが、近年、アポトーシス制御による放射線防護剤開発が試みられるようになった。アポトーシス制御による放射線防護の狙いは、高感受性組織の過度の細胞死を抑制することにあり、p53阻害剤ピフィスリン-α(PFTα)など幾つかの例を挙げることができる(1-4)。本論文では、我々が見出したp53阻害剤、オルトバナジン酸ナトリウム(バナデート)の放射線防護効果が、これ迄に報告された他のp53阻害剤と比べて優れた放射線防護効果を示すこと、また、それが、従来から知られていたp53の転写依存的な経路だけでなく、近年明らかにされた転写非依存的な分岐経路をも阻害することに基づくものであることを明らかにしたので紹介したい。

・これ迄に報告されているp53阻害剤との比較
我々はまず、これ迄に報告されているp53阻害剤との阻害効果の比較を行うため、放射線誘発アポトーシスのモデル細胞として繁用されているヒトT細胞性白血病細胞株MOLT-4細胞に、p53プロモーターの直下にルシフェラーゼ遺伝子をつないだレポーター遺伝子を導入した。このレポーター細胞で比較検討を行ったところ、これ迄に報告されているp53阻害剤、PFTα、サリチル酸ナトリウム、塩化カドミウムは、バナデートと同様に濃度依存的に放射線照射後のp53転写活性を抑制した。しかしながら、それぞれのp53阻害剤の転写阻害効果とアポトーシス抑制効果に相関が認められたのはバナデートのみで、他のp53阻害剤ではレポーター細胞の放射線誘発アポトーシスを充分に抑制することはできなかった。これを我々は、バナデートのみが他のp53阻害剤にない薬理効果を有しているものと捉え、この薬理効果の分子機構の解析を進めた。

・バナデートはp53によるアポトーシスをどのようにして抑制しているのか?
さらに、p53細胞が不活性化された細胞株では放射線やDNA損傷剤によるアポトーシスをバナデートが抑制することはなく、遺伝子傷害性ストレスにおけるバナデート効果のp53特異性が強く示唆された。ではバナデートはp53転写以外の何を抑制しているのか? p53特異的と考えられる以上、p53が持つ機能の何かを抑制していることは間違いなさそうである。我々はその手掛かりを得るため、p53依存性アポトーシスの要となるミトコンドリアでのアポトーシス変化を検証した。その結果、バナデートはMOLT-4細胞の照射後のミトコンドリア膜電位の低下やBax、Bakの活性化を抑制できたのに対し、比較として用いたPFTαでは何れのアポトーシス変化も抑制することができなかった。 このミトコンドリアでのアポトーシス変化をもたらすp53経路には2つの経路があることが知られている。一つはp53転写活性化によるPUMAやNoxa等の標的遺伝子の遺伝子発現を介した転写依存性経路、もう一つは照射後に蓄積したp53がミトコンドリアのBcl-2ファミリー分子に直接結合することで誘導される転写非依存性経路である。他の阻害剤がp53の標的遺伝子発現を抑制できるにも関わらず照射MOLT-4細胞のアポトーシスを抑制できないことは、p53転写阻害だけではこの細胞のアポトーシス抑制に十分でないことを示しており、もう一つの経路である「転写非依存性経路」に対する抑制効果の有無がバナデート効果の決め手となっていることが示唆された。これを裏付けるように、照射MOLT-4細胞のアポトーシスに対し、「転写非依存性経路」の特異的阻害剤であるPFTμを処理したところ、バナデートとほぼ同等のアポトーシス抑制効果を示し、本細胞の放射線誘発アポトーシス経路は転写非依存性経路が主経路であることが明らかとなった。 さらに、転写非依存性経路の実体である照射後のp53のミトコンドリア移行とBcl-2との結合をバナデートは抑制し、PFTαは抑制できなかったこと、また、p53をコードするTP53遺伝子を欠損しているSaOS-2細胞に、ミトコンドリア局在シグナルを付加した改変p53を導入した細胞株のアポトーシス誘導をバナデートが顕著に抑制したことから、バナデートはp53の転写だけでなく、転写非依存的な機能にも阻害効果を示すことが明らかとなった。

・バナデートは腸死を克服し得る初めてのp53阻害剤である
成体マウスでのバナデートの有効性を検証するため、骨髄死相当線量(8 Gy)と腸死相当線量(12 Gy)を曝露させたICRマウスの30日生存率を調べた。8 Gy全身照射マウスでは3分の2のマウスが死亡したが、照射30分前にバナデートを投与したマウスでは全てのマウスが生き残った。また、比較として用いたcPFTα(PFTαより毒性の低い環状のPFTα類縁体)は90%のマウスを防護した。一方、照射12日以内に全てのマウスが死亡する12 Gyの腸死相当線量に対して、cPFTαは全く防護効果を示さなかったが、バナデートは60%のマウスを防護した。さらに病理学的解析として、8 Gy照射マウスでは骨髄の形成不全、12 Gy照射マウスでは腸上皮における腺窩の消失、絨毛の萎縮について検討した結果、バナデートはcPFTαよりも優れた防護効果を示し、30日生存率データを裏付ける病理所見が得られた。防護効果の大きさの指標であるDRF(線量減少率、dose reduction factor)は1.51.6という優れた値を示した。

・展望
このようにバナデートは全身照射マウスにおいても高い放射線防護効果を示したため、放射線防護剤としての利用が期待される。また、急性放射線障害の予防や治療だけでなく、がんの放射線療法においてもp53の制御は正常組織とがん組織の選択性を図る上で有効な手段となる。多くのがん細胞ではp53に変異や発現抑制、あるいはウイルス由来因子による不活性化が見られ、p53機能が抑制されていることが正常組織との最も大きな違いとなっている場合が多いからである。また、放射線療法のみならずDNA傷害性の抗がん剤を用いた化学療法の正常組織障害軽減も期待される。さらに、照射後に活性化するp53が標的であることから、急性放射線障害の予防だけでなく、p53が活性化する前であれば被ばく後の急性障害の治療にも「緩和剤」として機能する。細胞レベルでの緩和効果は既に報告しているが(5)、照射後のマウスにおいても救命効果が認められることから、筆者らは緩和剤としてのバナデートの有用性にも注目している(王 冰ら、投稿準備中)。 しかしながら、今後の研究の指針としてバナデートの問題点もここでは挙げておきたい。本研究で使用したバナデート投与量のおよそ3倍量を投与するとマウスが死亡してしまうことが課題となっており、バナデートそのもののヒトへの応用は、この毒性の問題を解決しない限り困難であると筆者らは考えている。バナデート効果を応用した防護剤・緩和剤開発では細胞毒性を低減させるためにp53への特異性を高める工夫も必要となるであろう。このような工夫を施したp53両経路の遮断薬は、これ迄の治療制限を克服する正常組織防護剤として臨床的にも充分に効果を発揮するものと思われる。

追記
Science にて電子版先行掲載された論文、p53 Controls Radiation-Induced Gastrointestinal Syndrome in Mice Independent of Apoptosis. Science 2010 327: 593-596. doi: 10.1126/science.1166202浜田 信行 会員紹介 (09-027)
であるが、p53 阻害剤の効能に疑問を投げ掛けているため、私の立場でいくつかこの研究についての私見を列挙したい。今後の展開の参考としてお聞きいただきたい。

・用いたモデルマウスは恒常的にp53機能を喪失しているが、p53阻害剤の効果は一過性である。遅発性障害をもたらす程、p53阻害剤の効果は持続しない。

・筆者らが用いた亜全身照射腸死モデルでは、野生型マウスのLD50/30が、およそ13 Gyなのに対し(Fig. 4D)、Tie2Cre;Bak1-/-;BaxFL/+では16.5 Gy(Fig. 2D)、VillinCre;Bak1-/-;BaxFL/+では17 Gy(Fig. 3D)と、明らかに抵抗性を示している。遺伝子改変過程でどのような抵抗性を獲得したのかは不明ではあるが、この抵抗性によってアポトーシスの寄与がかき消されている可能性がある。

・Bak1/Bax ダブルノックアウトでは、アポトーシスは回避出来ても細胞死を完全に回避できず、オートファジーに至るケースが報告されている(6)。Bak1/Bax ダブルノックアウトによって死を免れる細胞は少ないのではないか?

・筆者らは、腸死におけるアポトーシスの寄与を否定している。しかしながら、全身照射のデータではあるが、腸死に有効なアポトーシス阻害剤は、バナデートだけでなく、Toll-like receptor 5 経路の活性化剤 CBLB502 が知られている(4)。アポトーシスの抑制が腸死に有効でないと結論付けるには、まだ時期尚早ではないか?

参考文献
1. Komarov, P.G., et al. (1999). A chemical inhibitor of p53 that protects mice from the side effects of cancer therapy. Science 285, 1733-1737.
2. Komarova, E.A., et al. (2004). Dual effect of p53 on radiation sensitivity in vivo: p53 promotes hematopoietic injury, but protects from gastro-intestinal syndrome in mice. Oncogene 23, 3265-3271.
3. Strom, E., et al. (2006). Small-molecule inhibitor of p53 binding to mitochondria protects mice from gamma radiation. Nat. Chem. Biol. 2, 474-479.
4. Burdelya, L.G., et al. (2008). An agonist of toll-like receptor 5 has radioprotective activity in mouse and primate models. Science 320, 226-230.
5. Morita, A., et al. (2006). Sodium orthovanadate suppresses DNA damage-induced caspase activation and apoptosis by inactivating p53. Cell Death Differ. 13, 499-511.
6. Shimizu, S., et al. (2004). Role of Bcl-2 family proteins in a non-apoptotic programmed cell death dependent on autophagy genes. Nat. Cell Biol. 6, 1221-1228.