染色分体の非対称な分裂
論文標題 | Identification of sister chromatids by DNA template strand sequences. |
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著者 | Falconer E, Chavez EA, Henderson A, Poon, SSS, McKinney S, Brown L, Huntsman DG, Lansdorp PM. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature 463, 93-97, 2010. |
キーワード | 染色体 , メジャーサテライ , 反復配列 , セントロメア , 姉妹染色分体 |
●研究の背景
染色体を構成する1本のDNA二重鎖のそれぞれの鎖は、異なる配列を持っている。染色体には短腕・長腕という極性があるが、本論文では5’末端が短腕側にある鎖を「Crick鎖」、5’末端が長腕側にある鎖を「Watson鎖」と定義している。
DNA複製においては、Crick鎖を親鎖として持つDNAと、Watson鎖を親鎖として持つDNAが生じ、これらが姉妹染色分体を形成する。これらの染色分体に区別はなく、両者は同一の機能を果たすと考えられてきた。ところが、両者が娘細胞にランダムでない(非対称的な)様式で分配されるという証拠や、そのように分配された染色分体が娘細胞の非対称的な分化を誘導するという例が、知られてきた(1,2)。すでに1975年にCairnsは、成体幹細胞において同一の親鎖を積極的に保持することで、DNA複製の際に生じる突然変異の蓄積やそれによる発がんが回避されている可能性を提唱している(不死鎖仮説)(3)。これらの仮説を詳細に検討するためには、姉妹染色分体を識別する技術が有用であるが、これまで良い手法が存在しなかった。
著者らは、「メジャーサテライト」と呼ばれる、マウスゲノム中に高頻度に存在する反復配列に注目した。そして、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)の手法を用いて、染色分体が形成された後の細胞において、これらのCrick鎖とWatson鎖を識別する方法を開発した。
●結果1
Crick鎖とWatson鎖の識別法 著者らは、この反復配列のsense鎖とantisense鎖を認識する二種類のFISHプローブを作製し、さらにDNAの5’末端のテロメアを認識するプローブ、3’末端のテロメアを認識するプローブを用意した。そしてマウス培養細胞をBrdU処理して新生鎖にBrdUを取り込ませ、分裂中期の染色体標本を作製して、BrdU含有DNAの分解処理を行って各染色分体を親鎖のみの1本鎖とした。この標本に対して上記のプローブを用いた多重FISHを行い、DAPI染色によって可視化した染色分体上で、長腕・短腕の方向、DNA鎖の極性(5’→3’)および反復配列のsense鎖とantisense鎖の位置を決定した。
その結果、(Y染色体を除く)全ての染色体において、Crick鎖に反復配列のsense鎖が乗っており、Watson鎖にantisense鎖が乗っている(すなわち、この反復配列はほぼ全ての染色体上で同一の方向を向いている)ことが確認された。このため、sense鎖に対するプローブはCrick鎖を親鎖として持つ染色分体を示す標識、antisense鎖に対するプローブはWatson鎖を親鎖として持つ染色分体を示す標識となり得ることが判明した。注目すべきは、この方法はひとつひとつの染色体について、Crick鎖とWatson鎖を識別できるという点である。なお、Y染色体にはこの反復配列は検出されず、他のすべての染色体上でこの反復配列はセントロメア付近に位置していた。
●結果2
In vivoにおけるCrick/Watson鎖の非対称的分配 著者らはこの方法を用いて、in vivoのマウス大腸での姉妹染色分体の分配を調べた。すると、陰窩上皮細胞の一部で実際に非対称的な分配が起きていることが確認された。これらの細胞は大腸の幹細胞と考えられている細胞(陰窩底部の細胞)以外にも見られた。また、姉妹染色分体の非対称的分配においては、Crick鎖を鋳型として作られた染色分体が互いに近接して集団を形成しており、Watson鎖を鋳型として作られた染色分体も同様であった。さらに、異なる染色体上の反復配列(すべてセントロメア付近にある)同士も互いに近接していたことから、特定の親鎖を持つ染色体の動原体がクラスターを形成している可能性が示唆された。なお、これらの細胞において姉妹染色分体の分配が統計学的に有意にランダムからずれていることも確認されている。
●まとめと展望
本論文のデータは、in vivoの哺乳類細胞でDNA鎖の非対称的な分配が存在することの直接的な証拠である。どのようなメカニズムによってこのような分配が可能となるかは、これまでもいろいろ議論され、さまざまな説が立てられてきた。その中でも、セントロメアDNAや動原体に結合するタンパク質が関与するという説は、本方法を応用することで確認できるかもしれない。
また、マウス小腸では陰窩底部から4個目の細胞が同一親鎖を選択的に保持しており、放射線照射後にこれらの細胞がアポトーシスを起こすことが知られている。DNA鎖の非対称的分配機構とDNA損傷応答の関係も興味深い。
●参考文献
1) Klar AJ, et al. Differentiated parental DNA strands confer developmental asymmetry on daughter cells in fission yeast. Nature 326, 466-470 (1987)
2) White MA, et al. Non-random segregation of sister chromosomes in Escherichia coli. Nature 455, 1248-1250 (2008)
3) Cairns J. Mutation selection and the natural history of cancer. Nature 255: 197-200 (1975)