FRA3B領域の脆弱性は、細胞特異的な複製開始プログラムによって定められている
論文標題 | Cell-type-specific replication initiation programs set fragility of the FRA3B fragile site. |
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著者 | Letessier A, Millot GA, Koundrioukoff S, Lachagès AM, Vogt N, Hansen RS, Malfoy B, Brison O, Debatisse M. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature 470,120-123(2011) |
キーワード | fragile site , 複製フォーク , DNA複製 , 染色体脆弱部位 , CFS |
DNA合成の部分的阻害後に、分裂中期の染色体上でgapやbreakを生じやすい遺伝子座のことをChromosomal fragile site(染色体脆弱部位)と呼ぶ。 これまでに100以上ものChromosomal fragile siteが同定され、Rare fragile siteとCommon fragile siteに分類されている。Rare fragile siteは、5%以下のヒトで認められ、メンデルの遺伝の法則に従って遺伝し、特殊なヌクレオチドリピート配列を有する。代表的な例としては、精神発育遅滞を特徴とする脆弱X症候群患者において、X染色体上のFMR1遺伝子の第一エクソンにあるCGGトリプレットリピート反復配列が異常に伸長して脆弱性を示すことが知られている。一方、Common fragile site (CFS)はRare fragile siteに認めるようなリピート配列を有さず、全てのヒトに存在し、主にAPH (ahidicolin) などのDNA合成阻害剤投与下で、染色体のgapやbreakが誘導される部位である。CFSは、ATリッチな配列などから生じる二次構造によって複製されにくく、複製が遅延する部位として考えられてきた。しかし、その後の報告から、CFSが必ずしも二次構造をとるような配列に富んでいるとも限らないことが明らかになり、現時点では、CFSの脆弱性がどのような機序によって決まるのかは、まだベールに包まれている。
今回紹介する論文では、ヒトリンパ球で最も高頻度で変異するCFSであるFRA3B領域が解析の対象とされている。このFRA3B領域には、癌抑制遺伝子であるFHIT (Fragile Histidine Triad)遺伝子が位置することが知られている。著者らは、DNAコーミング技術にFISH (fluorescence in situ hypridization)を組み合わせて、JEFF細胞(ヒトBリンパ球細胞)のFRA3B遺伝子座における複製フォークの進行速度や停止、開始点および終止点を解析した。その結果、APH投与によって複製フォークの速度は遅くなり、停止した複製フォークも増加したが、コントロールの遺伝子座とは差がなかった。このことから、FRA3B遺伝子座は、複製の遅延・停止が特異的に起こる領域ではないことがわかった。次に、APHなどの薬剤非投与下に、複製開始点と終止点の分布を調べたところ、FRA3Bのコアとなる700kbの領域では複製開始点が全くなかった。さらに、この領域では、複製フォークの進行方向は両方向で、終止点はその領域の両外側の領域と同程度に認めた。つまり、FRA3B領域外から開始した複製フォークが進行して領域内で集束しているといえる。APH投与下では、FRA3Bコア領域では、複製開始点を認めるものの数は少なく、その外側の領域では、APHを投与していないときと同程度認めた。また、驚くべきことに、FRA3Bコア領域の約900kbで複製フォークの終止点が全くなかった。その理由として、FRA3Bコア領域では複製フォークが開始しにくいため、コア領域の両外側の領域からの複製フォークが進行してくるのだが、その距離は非常に長く、APH投与下では、複製速度の遅延も加わり、コア領域で複製が完了するのが難しくなるからだと考えられる。以上より、複製開始点の欠如が、FRA3Bの脆弱性に寄与することが示唆された。
さらに、著者らは、FRA3B領域における複製について詳しく調べるために、次世代シークエンスであるRepli-Seqの技術を用いて、細胞周期における複製フォークの動態を解析した。GM06990(ヒトリンパ芽細胞)とBJ細胞(ヒト線維芽細胞)とで比較したところ、両者ともFRA3Bの複製完了はG2期と遅かった。GM06990細胞の複製の動態より、FRA3Bコア領域に複製開始点がないことがわかり、これは前述した実験のJEFF細胞の表現型と合致している。しかし、BJ細胞ではFRA3Bコア領域に複製開始点を認めた。また、同じくヒト線維芽細胞であるMRC-5細胞で、DNAコーミング技術とFISHを併用した解析では、APH投与の有無に関わらず、FRA3B遺伝子座における複製開始点と終止点はFRA3Bコア領域でもその他の領域と同様に均等に分布した。これらの一連の結果や過去の報告において、複製のタイミングや複製開始パターンが異なるのは、対象としている細胞の種類の違いによるものと考えられる。
そこで、筆者らは、ヒトリンパ芽細胞でみられるFRA3B領域の不安定性が複製開始点の欠乏によるものとするなら、ヒト線維芽細胞ではFRA3B領域に不安定性を認めないはずであると考え、APH投与下にJEFF細胞、MRC-5細胞、BJ細胞のそれぞれにおけるFRA3B領域でのbreakの数を比較した。その結果は予想通りで、ヒトリンパ芽細胞であるJEFF細胞と比較して、ヒト線維芽細胞であるMRC-5やBJ細胞では、FRA3B領域でのbreakの数は低値を示した。
これまで、FRA3Bの不安定性は、複製のタイミングが遅れることが主な原因であると考えられていたが、今回の論文により、複製のタイミングの遅延のみならず、複製開始点の欠乏も重要な要素であることが新たな知見として明らかにされた。従来CFS不安定性は主にリンパ球で研究されてきている。ヒト細胞の種類によってFRA3Bの不安定性が異なることも非常に興味深く、これまで報告されてきた結果も、細胞種毎に分類したり、異なる細胞種で再現実験をしたりすることで、さらに知見を深めることができるだろう。また、CFSは哺乳類でよく保存されていることが知られているが、CFSの持つ機能的な意義が一体何なのか、今後も注目していきたいテーマの一つである。
<参考文献>
1 S.G.Durkin and T. W. Glover ; Annu. Rev. Genet. (2007) 41:169-92
2 R.S. Hansen et al.; PNAS (2010) 107:139-44
3 M.M.L. Brau et al; Hum. Mol. Genet. (1998) 7: 755-61