低酸素誘導されたp53はAKTを介してアポトーシスと放射線感受性を調節する
論文標題 | Hypoxia-induced p53 modulates both apoptosis and radiosensitivity via AKT |
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著者 | Leszczynska KB, Foskolou IP, Abraham AG, Anbalagan S, Tellier C, Haider S, Span PN, O'Neill EE, Buffa FM, Hammond EM. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
J Clin Invest. 125, 2385-2398, 2015. |
キーワード | p53 , AKT , radiosensitivity |
多くの固形腫瘍において、腫瘍の増殖速度と血管の形成速度は不均衡であり、かつ腫瘍血管は脆弱であるため、血管から十分な酸素が供給されない低酸素領域が存在する。そして腫瘍内低酸素は治療のモダリティーに関わらずがん患者の予後不良と相関していることが数多く報告されている。これまでにp53変異を有する腫瘍において低酸素誘導性のアポトーシスを回復することが治療戦略として有用ではないかと考えられていたが、低酸素により誘導されるp53依存的なアポトーシスを引き起こす遺伝子群は明らかでなかった。本論文で筆者らは低酸素により誘導されるp53依存的なアポトーシスについて新たなメカニズムを解明しているとともに、p53変異を有する腫瘍ではAKT阻害が低酸素がん細胞の放射線治療抵抗性を克服し、がん患者の予後を改善する可能性があることを示している。
筆者らはまず低酸素に反応して誘導されるp53依存的なアポトーシスの経路が、他のDNAダメージにより誘導されるp53の経路とは異なることを明らかにしている。筆者らは低酸素依存的にp53 野生型もしくは変異体を発現するプラスミドを作成しp53 nullのH1299細胞に導入し低酸素下でのアポトーシスへの影響を観察している。DNAダメージで誘導されるp53依存的なアポトーシスに必要不可欠とされるp53-DNA-binding domain(DBD)のリジン残基の変異体(K120R、K164R、K120R/K164R変異)は低酸素下でのアポトーシスには影響を与えなかった。一方でp53-DBDの構造変化をもたらす変異体(R175H変異)は低酸素下でアポトーシスを強く抑制していた。これらの結果からp53-DBDのリジン残基のアセチル化ではなく、p53のDNA結合能が低酸素で誘導されるp53依存的なアポトーシスに重要であることが示唆される。
次に、低酸素により転写レベルで誘導される6つのp53依存的な遺伝子群を同定している。筆者らはマイクロアレイを用いて低酸素、p53により誘導される遺伝子を検討したところ、古典的なp53依存的なアポトーシス誘導遺伝子であるBAX、PUMA、NOXAなどは低酸素下ではp53依存的な誘導を認めないことが分かった。一方で低酸素p53依存的に発現上昇がみられる遺伝子として5つのアポトーシス関連遺伝子(INPP5D、PHLDA3、SULF2、BTG2、CYFIP2)と1つの腫瘍抑制関連遺伝子(KANK3)を見出し、同定している。筆者らはHCT116細胞(p53-/-およびp53+/+)を用いてこの6つの遺伝子が実際に低酸素、p53依存的にmRNAレベルで発現が上昇することを確認し、さらに、ChIPアッセイを行い低酸素下でp53タンパクがINPP5D、PHLDA3、SULF2、CYFIP2、KANK3遺伝子のp53 response elementを含むプロモーター/エンハンサー領域に結合することを示している。
筆者らはこれら6つの遺伝子群の臨床的意義を検討するため、乳癌、肺癌、胃癌などの各種のがん患者においてこの遺伝子群の発現、予後との相関を評価している。結果、複数のデータセットでこの6つの遺伝子群の発現が低い患者は有意に予後不良であり、細胞レベルのみでなく実際のヒトにおいても重要な役割を果たしていることが分かる。
さらに、低酸素下におけるこれら6つの遺伝子群の機能解析を進めている。6つの遺伝子のうち、PHLDA3、INPP5DはこれまでにAKTを抑制することでアポトーシスを促進することが報告されていた。この背景から、筆者らは「p53は低酸素下でAKTを介してアポトーシスを誘導する。そしてこの現象は単一の遺伝子というより複数の遺伝子による作用である。」という仮説を立て、実証している。これまでに低酸素処理がAKTリン酸化を増加する、つまりAKTを活性化することが報告されているが、この現象はp53 null/mutantの細胞でのみ認められていることに筆者らは着目した。p53 のstatusにより低酸素処理がAKT活性に及ぼす影響が異なるのか否かを評価したところ、p53 nullのH1299細胞、p53-/-のHCT116細胞では低酸素処理によりAKTのリン酸化増加が認められるが、p53 wtのHCT116細胞では低酸素p53依存的なAKTリン酸化が抑制されることが明らかになった。また、p53 nullのH1299細胞にPHLDA3を低酸素依存的に発現させると、低酸素処理によるAKTのリン酸化は抑制され、アポトーシスが増加し、逆にp53 wtの細胞で、PHLDA3のノックダウンもしくはSHIP-1(INPP5Dにコードされているタンパク)阻害剤処理を行うと低酸素下でのAKTリン酸化が増加しアポトーシスの減少を認めた。また、このPHLD3のノックダウンとSHIP-1阻害剤処理の低酸素下でのアポトーシス減少への効果は相乗的であることを示している。さらに、p53 null/mutantのOE21細胞、H1299細胞ではAKT阻害剤のMK2206を用いることで低酸素下のアポトーシスを増加させるが、p53 wtのHCT116細胞ではその効果を認めないことを観察している。
最後にAKT阻害による治療効果を評価するため、免疫抑制マウスの皮下に癌細胞を移植する異種移植モデルで、MK2206投与および放射線照射実験を行っている。p53 null/mutantのOE21細胞を移植したマウスに MK2206を投与すると、移植腫瘍においてAKTのリン酸化が抑制され、アポトーシスの指標であるCleaved Caspase 3の発現量が増加し、アポトーシスの割合も増加を認めた。また、OE21細胞を移植したマウスでは照射単独群に比してMK2206併用照射群で腫瘍増殖の抑制効果、生存率の増加を認めており、p53 null/mutantのこの腫瘍においてAKT阻害剤が放射線治療増感作用を有することを示している。一方この効果はp53 wtのがん細胞を移植したマウスにおいては認めなかった。
本論文ではp53のstatusの違いにより低酸素下でのAKT阻害が異なった効果を有し、腫瘍内低酸素が高度でありp53 null/mutantのがん患者が放射線治療とAKT阻害の併用療法の効果が最も期待出来得ることを初めて示した点で興味深い。またこの治療法におけるバイオマーカーとして6つの遺伝子群を明らかにしており、さらなる基礎的、臨床的研究が期待される。