日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

TIGARはペントースリン酸回路とCdk5-ATM経路を介してDNA損傷を軽減する

論文標題 TIGAR regulates DNA damage and repair through pentosephosphate pathway and Cdk5-ATM pathway.
著者 Yu HP, Xie JM, Li B, Sun YH, Gao QG, Ding ZH, Wu HR, Qin ZH.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Sci Rep. 5:9853. 2015.
キーワード TIGAR , DNA損傷 , ペントースリン酸回路 , Cdk5 , ATM

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1. 要約
 TP-53 induced glycolysis and apoptosis regulator(TIGAR)はペントースリン酸回路の亢進を介して細胞生存を促進することが報告されているが、DNA損傷修復における役割は未知であった。本論文でYuらは、細胞障害性薬剤や低酸素刺激(論文中では塩化コバルト処理)によって誘導されるDNA損傷の修復にTIGARが寄与することを明らかにした。その機序として、ペントースリン酸回路の亢進だけでなく、Cdk5-ATM経路の活性化が重要であることが示された。

2. イントロダクション
 TIGARは12番染色体上の12p13-3にコードされ、p53によって発現が誘導される遺伝子である。TIGARはホスホフルクトキナーゼ2/フルクトース2,6-ビスホスファターゼのビスホスファターゼ領域のアミノ酸配列と相同性を有しており、脱リン酸化によりフルクトース2,6-ビスリン酸のレベルを低下させる。フルクトース2,6-ビスリン酸のレベルが下がることでホスホフルクトキナーゼ1の活性も低下し、解糖系が阻害されペントースリン酸回路が亢進する。また、ペントースリン酸回路の律速酵素であるグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼの発現が亢進することも重要であることが知られている。ペントースリン酸回路が活性化するとNADPHが増加し、抗酸化物質グルタチオンの濃度が増加する。その結果、細胞内のROSレベルが低下し、ROS関連アポトーシスの回避につながることが知られている。
 本論文では、細胞障害性薬剤や低酸素刺激によって誘導されるDNA損傷修復において、TIGARが如何なる役割を担っているのかが検証された。筆者らはDNA損傷の評価にcomet assayを用い、細胞障害性薬剤としてはアンスラサイクリン系のepirubicinを使用、培養細胞の低酸素処理を模すために塩化コバルトを用いた。

3. 結果
 ヒト由来肝臓がん細胞株HepG2を対象にしたcomet assayによって、TIGARの発現をsiRNAでノックダウンした場合に、塩化コバルトまたはepirubicin処理によってDNA損傷が有意に増加することが確認された。また、TIGARの発現をノックダウンした場合に、DNA二重鎖切断マーカーであるリン酸化ヒストンH2AX(γ-H2AX)の増加と、分裂細胞のマーカーであるBrdUの低下がみられ、DNA損傷の蓄積とDNA複製能の低下が示された。
 TIGARがペントースリン酸回路を活性化することが知られていた為、次に筆者らは、TIGARのノックダウンによるDNA損傷の増加がペントースリン酸回路の機能低下によるものであるのかを検討した。ペントースリン酸回路の産物であるNADPHは細胞内ROSレベルを下げることで、またリボース5リン酸は核酸合成を促進することで、DNA損傷を抑制することが予測されたことから、NAC(ラジカルスカベンジャー)、NADPH、リボース5リン酸を補充した場合にDNA損傷が軽減されるのではないかとの作業仮説が立てられた。実際、各々の補充によりDNA損傷の増加が部分的に改善し、さらにNADPHとリボース5リン酸を同時に補充するとDNA損傷がバックグラウンドレベルまで低下することが示された。また、免疫組織化学染色法やウェスタンブロットによって、塩化コバルトないしepirubicin処理下で、核内に存在するTIGARの量が増加することが示されたことから、TIGARの核内移行が重要な意味を持つことが示唆された。
 さらに筆者らは、TIGARによるCdk5-ATM経路を介したDNA損傷修復の有無を検討した。TIGARの発現量、およびATMのリン酸化はともに、epirubicin処理や塩化コバルト処理で増加したが、TIGARの発現をノックダウンした場合にはATMのリン酸化が阻害された。ATM阻害剤であるKU55933で細胞を処理した場合、TIGARの発現量に変化は認められなかったが、塩化コバルトないしepirubicin処理によってDNA損傷が著明に増加することが確認された。このことから、TIGARがATMのリン酸化を制御しており、リン酸化ATMがDNA損傷の修復に関与していることが示唆された。
最後に筆者らは、TIGARとATMのリン酸化の間に介在する分子としてCdk5に注目して以降の実験を展開した。Cdk5の発現は、塩化コバルトないしepirubicin処理下で亢進したが、TIGARの発現をノックダウンした場合にはその発現亢進が阻害されることが示された。Cdk5の活性をその阻害剤やsiRNAで抑制すると、ATMのリン酸化レベルが低下し、DNA損傷が増加することが示された。これらの結果から、TIGARがCdk5の発現調節を行い、Cdk5がATMのリン酸化を介してDNA損傷修復に関与することが示唆された。

4. まとめ
 以上の結果をまとめると、TIGARのDNA損傷を軽減させる作用が、ペントースリン酸回路の亢進を介した抗酸化物質とリボース5リン酸の増加、およびCdk5-ATM経路を介したDNA損傷修復能の亢進に依存していることが示された。