日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

BRCA1欠損はPTENを変異させて基底様(basal-like)乳がんを起こす

論文標題 Recurrent gross mutations of the PTEN tumor suppressor gene in breast cancers with deficient DSB repair
著者 Saal LH, Gruvberger-Saal SK, Persson C, Lovgren K, Jumppanen M, Staaf J, Jonsson G, Pires MM, Maurer M, Holm K, Koujak S, Subramaniyam S, Vallon-Christersson J, Olsson H, Su T, Memeo L, Ludwig T, Ethier SP, Krogh M, Szabolcs M, Murty VV, Isola J, Hibshoosh H, Parsons R, Borg A.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat. Genet. 40, 102-107, 2008
キーワード BRCA1 , PTEN , 乳がん

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 BRCA1変異は乳がんの高リスクをもたらす、よく知られた遺伝的要因である。近年では日本人の家族性乳がんのかなり多くに関連することも報告された(1)。BRCA1変異保持者の乳がんは、ほぼすべてが免疫組織化学的に「基底様(basal-like)サブタイプ」として分類される乳がんであり、予後不良である。BRCA1変異が乳がんリスクを高めるメカニズムは、BRCA1のDSB修復機能欠損による二次的な変異の増加によると考えられているが、その具体的な二次的変異は明らかでなかった。
 著者らは、Ptenヘテロ欠損マウスに発生した乳がんがヒト基底様乳がんに類似することの発見に端を発し、BRCA1変異保持者および非保持者の基底様乳がんでのPTEN発現も調べ、その発現が消失していることを見出した。非保持者ではPTEN遺伝子のコード領域内の塩基配列の変異が生じていた。これに対しBRCA1変異を有する乳がん細胞株(MDA-MB-436およびSUM-149)では、PTEN遺伝子を含む領域のゲノムコピー数減少(1アリルの消失)、および、PTEN遺伝子内での組換えによる染色体異常が存在した。また31種類の乳がん細胞株および移植により継代された乳がん組織を調べ、同様のPTEN変異とBRCA1変異が有意に関連することを示した。さらに、BRCA1変異保持者の乳がん検体を調べた結果も同様であった。
 今回、PTEN欠損と基底様乳がんの関連が明らかになったことから、乳腺組織中の基底様前駆細胞のがん化にPTEN経路が関与すると推察された。特に、TP53の変異が80%以上の基底様乳がんに見られることから、TP53変異の影響でBRCA1正常アリルが不活性化し、続いてPTENが不活性化して、クローナルな増殖が生じると考えられた。だとすると、基底様乳がんはPTEN/PI3K経路に依存(addict)している可能性があり、これが新たな治療標的となるかもしれない。また、このような発がんの機構は、遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)において、ミスマッチ修復欠損がTGFBR2を始めとする複数の遺伝子変異を介してがん化を引き起こすメカニズムと酷似している。その類推から、BRCA1欠損による基底様乳がんのがん化メカニズムに、PTEN以外の遺伝子変異が関与している可能性も十分にある。
 以上が本論文の概要である。興味深いことに、若年で放射線被ばくしたBRCA1変異保持者の女性に乳がんのリスクが高いこと(2)、放射線被ばく後に発生した乳がんには基底様サブタイプが多いこと(3)などが、近年報告されている。放射線被ばくによる乳がん発生のうちどれほどがこのメカニズムで説明できるか、まだ不明であるが、興味深い。

1) Sugano, K., et al. Cross-sectional analysis of germline BRCA1 and BRCA2 mutations in Japanese patients suspected to have hereditary breast/ovarian cancer. Cancer Sci. 99(10): 1967-76, 2008.
2) Gronwald, J., et al. Early radiation exposures and BRCA1-associated breast cancer in young women from Poland. Breast Cancer Res Treat. 112(3): 581-4, 2008.
3) Castiglioni, F., et al. Radiation effects on development of HER2-positive breast carcinomas. Clin Cancer Res 13: 46-51, 2007.

用語解説
基底様乳がん:サイトケラチン(CK)5、CK14、CK17などの基底細胞マーカーを発現する乳がん。全乳がんの10~20%を占める。高増殖活性、低分化型、ゲノム不安定性などの特徴があり、予後不良である。
BRCA1:breast cancer 1
PTEN: phosphatase and tensin homolog