日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

腸管の放射線障害からの回復にLgr5+幹細胞は不可欠である

論文標題 Lgr5+ Stem Cells Are Indispensable for Radiation-Induced Intestinal Regeneration.
著者 Metcalfe C, Kljavin NM, Ybarra R,de Sauvage FJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Stem Cell 14, 149-159, 2014
キーワード 腸管幹細胞 , Lgr5 , 放射線感受性

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 2014年2月、Cell Stem Cell誌上で腸管幹細胞の放射線応答について興味深い論文が発表された。これはCell Stem Cellの表紙を飾るほどインパクトの大きいものであるため、関連論文と共に、ここに紹介したい。
腸管幹細胞とは、腸管基底部(クリプト)の最底部に存在するcrypt-base columnar (CBC)細胞と、クリプト最下部の細胞から数えて4番目にもっとも多く存在する細胞(position 4)を指す。代表的なCBC細胞マーカーとしてLgr5 (leucine-rich repeat-containing G-protein coupled receptor 5) が同定されている(Barker et al. 2007)。Lgr5幹細胞は、固形がんのcell-of-originとなりえることが報告されてから一躍有名になった(Barker et al. 2009)。Position 4細胞は古くからPottenらによって放射線影響が調べられてきたが、放射線照射後のLgr5幹細胞の動態についても近年報告されるようになった。例えば、十二指腸のLgr5幹細胞は放射線抵抗性を示し、そのクリプト生存率は腸死線量と相関していた(Hua et al. 2012)。我々はLgr5幹細胞が十二指腸では抵抗性だが、大腸では感受性であることを報告した(Otsuka et al. 2013)。これらのことから、がんリスクはLgr5幹細胞プールの維持能と関連付けて考えることができる。一方、Lgr5幹細胞が失われても、クリプトにはそれを補う上位の幹細胞が存在する。それはmTert, Bmi1, Lrig1などのマーカーを発現しており、slow-cyclingで通常の増殖にはほぼ関与せず、また、放射線抵抗性であり、放射線照射後にLgr5幹細胞プールを元に戻す働きがあるとされている。そのため、Lgr5幹細胞プールは、それを作る幹細胞さえあれば再構築されて維持されるものと考えられた。
今回、de Sauvageらのグループは、これらの知見を覆す論文を発表した。結論から言うと、Lgr5幹細胞がなくては放射線障害からの回復が起こらないというものである。
de SauvageらはLgr5幹細胞にのみジフテリアトキシンレセプター(DTR)を発現させ、ジフテリアトキシン(DT)の投与によってLgr5幹細胞を選択的に欠損させるマウスを作製した。これにより、Lgr5幹細胞が失われるとそれを補う細胞がLgr5幹細胞を作り、組織が再構築されることを報告している(Tial et al. 2011)。今回、この実験系に放射線照射を組み合わせて組織の回復を評価した成果を発表した(Metcalfe et al. 2014)。Lgr5DTRマウスにDTと放射線(10 Gy)を両方処置したところ、DT単独では減らなかった十二指腸のKi67陽性のクリプトがDTと照射と組みわせることによって顕著に減少し、また、Lgr5幹細胞の回復が見られないことを示した。ここで、まず頭に思い浮かべるのは、Lgr5幹細胞が失われたのだから、放射線抵抗性のLgr5-幹細胞がLgr5幹細胞を作り直して組織が回復するだろうという予測である。しかし、14 Gyの照射前後でDTを処理しても、Ki67陽性クリプトが減少したことから、Lgr5を欠損したクリプトでは、放射線照射後の再増殖能が失われていることが分かった。これは単に腸死線量だから生じるのではなく、6 Gy以上でも見られなくなっていたので、彼らはLgr5-幹細胞は増殖能について放射線高感受性であるとした。これは、放射線抵抗性の幹細胞が放射線照射によって誘導されて、Lgr5幹細胞を作り直すという多くの報告からすると、理解に苦しむ結果である。
Lgr5幹細胞はcell-of-originとして知られる細胞であるため、Lgr5幹細胞がない条件で、がん化過程は観察されるのだろうか。本論文では、DT処理をタモキシフェン投与によって時期特異的にApcを欠損させるマウスとLgr5DTRをかけあわせ、タモキシフェンとDTの投与により、Lgr5幹細胞の非存在下でWntシグナルを亢進させた。すると、Lgr5幹細胞を欠損させてもcryptの過形成が起こったため、彼らはLgr5-幹細胞がLgr5幹細胞を経ずしてWnt依存的に再増殖能が活性化して過形成を起こすと考えた。Lgr5幹細胞から生じる前駆細胞(Transit amplifying cells, TA)で特異的にApcを欠失させてもadenomaが形成されない結果(Barker et al. 2009)との違いは、Apcを欠損させるタイミングであり、Lgr5幹細胞プールが維持されているか否かで解釈できるかもしれない。つまり、Lgr5幹細胞プールが維持されていれば、TAが起源となってadenomaが起こらないが、Lgr5幹細胞プールが完全に失われると、Lgr5幹細胞以外の細胞(Lgr5-幹細胞)が過形成のきっかけになりえる。
では、過形成のターゲットとなるLgr5-幹細胞とは一体何なのか。彼らはLgr5-幹細胞は6 Gy以下でも増殖に寄与しないことから、これらは放射線高感受性としたが、間接的に増殖が見えないだけで、どのLgr5-幹細胞が高感受性であるかは直接示していない。一方でLgr5-幹細胞にはこれまでに放射線抵抗性であると報告された細胞がいくつもある。たとえば、mTert+細胞やBmi1+細胞などだ(Montgomery et al. 2011, Capacchi et al. 2008)。これについてde Sauvageらは、近年Wintonらが報告した内容を引用して解釈を加えている。Wintonらはlabel-retaining cell (LRC)の一部が、小腸幹細胞のニッチでもあるパネート細胞や、Position 4マーカー、そしてLgr5を同時に発現していることを報告している(Buczacki et al. 2013)。これはLgr5遺伝子を発現する細胞を欠失させることで、パネート細胞やposition 4の細胞のポピュレーションにまで大きく影響することを意味する。つまり、de Sauvageらは、Lgr5幹細胞の一部にLRCが含まれ、mTertやBmi1、Lrig1などを発現しており、照射後の増殖に寄与すると解釈した。つまり、DTによってLgr5幹細胞プールが完全に失われると、LRCも同時に失われるために、組織回復ができないと考えている。
小腸Lgr5幹細胞のニッチとして働くパネート細胞はどんな役割を果たすのか。de Sauvageらは放射線障害からの回復にパネート細胞が再増殖能に必要かを調べるため、GfiKI/KIマウスを使った。GfiKI/KIマウスでは、パネート細胞マーカーのdefensin alpha1 (Defa1)がほぼ完全に失われたが、Lgr5幹細胞は維持されKi67陽性クリプトは残った。このマウスに10 Gy照射すると、GfiKI/KIマウスでは照射後のKi67陽性クリプトはGfiKI/WTマウスと変わらなかったため、放射線障害からの回復にパネート細胞は必須ではないことが分かった。さらに、GfiKI/KIマウスとLgr5DTRマウスを交配させ、DTと10 Gy処理すると、クリプトの回復が見られなかったことから、パネート細胞がなくてもLgr5幹細胞があればクリプトは維持できるが、DT+放射線の回復にはパネート細胞が必要であることが分かった。Wintonらの結果のように、DT処理するとパネート細胞が失われ、パネート細胞特異的な遺伝子(Def1a)発現が下がることも観察された。パネート細胞は大腸には存在しない細胞であるため、放射線影響と発がんを考える点で興味深い知見である。
Lgr5幹細胞の研究では、動態が観察しやすいためもっぱら十二指腸で観察されることが多いが、本論文では大腸を観察している点も興味深い。大腸炎症を誘導するdextran sulfate sodium (DSS)処理とDTを組み合わせると、大腸でも過形成が観察されたことから、Lgr5幹細胞のロスは過形成の誘発に関係しないことが分かった。DSS処理でLgr5幹細胞がロスしても、その後の回復でLgr5幹細胞が作られ、再構築するLgr5に突然変異が蓄積することで腫瘍化すると考えられるが、彼らは、Lgr5幹細胞の回復なく腫瘍化しうる経路があることを示した点で驚きである。Lgr5幹細胞を介さずに腫瘍化する経路があれば、cell-of-originにはさまざまな細胞が成りえるということであり、これまで確立しつつあったクリプト維持機構に対する理解が、一気に混沌としてきた。これは、単独マーカーによる線引きでは、正確な回復動態を評価することが難しいことを物語っている。実際、Lgr5遺伝子の発現は切れが良いものでなく、特にCBC細胞で発現量が高いのであって、タンパクレベルではクリプトの基底部から7番目までブロードに発現している。Lgr5遺伝子の発現量の差はex vivoでのオルガノイド形成能の差として認められ(Sato et al. 2009)、発現量の高さは増殖能の指標としては有効だ。DTの効き目がLgr5遺伝子の発現量と相関するのかが重要であろう(実験によってDTの量を変化させているのも理由があるのかもしれない)。興味深いことに、DTは効果的にLgr5幹細胞にアポトーシスを起こして排除するが、それに比べて放射線ではLgr5幹細胞が高線量照射後も生き残りやすい。放射線と薬剤、それぞれがLgr5プールに対する影響がどれくらいなのか比較することも重要なことに思う。
このように、腸管幹細胞の研究では次々に新しい知見が報告されているが、依然として変わりなく言えそうなことは、組織の正常な維持にとってLgr5幹細胞プールが維持される状態が重要であることだ。放射線であれ薬剤であれ、この集団が周りの細胞とどう相互作用して維持されるのかを詳細に知ることが今後必要なことである。その場合、CBCやLRCなどはマーカーによる線引きで区別して考えたいところだが、本論文の結果からも、現実的にはそう単純には割り切れないことも考慮しなければならないだろう。