遺伝的不安定性を誘導する放射線の標的効果と非標的効果~遅延的染色体不安定性とTGF-betaによる監視機構
論文標題 | Targeted and nontargeted effects of ionizing radiation that impact genomic instability |
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著者 | Maxwell CA, Fleisch MC, Costes SV, Erickson AC, Boissiere A, Gupta R, Ravani SA, Parvin B, Barcellos-Hoff MH |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Research 68, 8304 - 8311, 2009 |
キーワード | 染色体不安定性 , 乳がん , 中心体 , 遺伝子不安定性 , p53 |
放射線誘発遺伝的不安定性は、標的細胞の子孫細胞で染色体異常などの不安定性が誘導される現象である。この現象は、放射線発がんに関わる可能性が示唆されているものの、2006年のBEIR VIIレポートでは、その誘導機構が明確でないことを理由に、その現象が取り入れられることはなかった。従って、リスク評価の分野でもその機構の解明が望まれる現象である。
染色体不安定性が乳がんの進行に関与するという事実から(1)、この論文では、ヒト乳房由来上皮細胞の四倍体細胞(tetraploid)の出現を指標とすることにより、放射線発がんリスクを評価できると考え、以下の遺伝的不安定性に関する実験を行った。ここでの実験で特筆すべきは、無血清合成培地により細胞培養を行っている点である。まず、0.5-1 Gyの放射線照射を受けた細胞では、線量依存的な中心体の増幅が見られた(標的効果)。この中心体の増幅は、照射4~6週間後、照射細胞の子孫細胞クローンでも線量依存的に誘発が見られた(非標的効果)。このことは、やはり照射細胞の子孫クローンで高頻度にみられるtetraploidの出現が、中心体の異常増幅を原因とし、異常な分裂期を経て生じている可能性を示している。次に、筆者らがゲノムの安定化に重要であると考えるTGF-betaと中心体増幅の関係を調べた。照射後の早い段階(1~3日後)では、標的効果による中心体の増幅が起こるが、TGF-betaを処理しても抑制されなかった。一方、照射7日後では、非標的効果による中心体増幅が見られるが、照射後TGF-betaを持続的に処理することにより、その出現頻度が顕著に抑制された。
遅延的な中心体増幅だけがTGF-betaで抑制されたメカニズムを探るため、中心体増幅した細胞において発現が亢進する遺伝子をマイクロアレイにより探したところ、アポトーシス関連遺伝子が見出された。このことから、アポトーシスにより中心体の増幅を起こした細胞を排除するシステムが存在し、tetraploidなどの遅延的な染色体不安定性の出現頻度にも影響している可能性が考えられた。筆者らは、以前にTGF-betaがp53の機能を正に制御することを見つけ報告している(2)。そこで、ここで用いられた照射細胞において検討したところ、TGF-betaを処理された細胞ではp53依存的アポトーシスの経路が亢進していることが示された。中心体の異常増幅がp53の機能と密接に関連することは、細胞周期の制御に依存すると考えられるが、それとは別にTGF-beta依存的なp53を介したアポトーシス誘導機構が、遅延的な中心体の増幅を抑制していることになる。TGF-betaは低線量放射線照射であっても分泌されるが、このパラクライン作用は、染色体不安定性が持続している細胞を排除するのに役立つということになる。このことは、O’Neillらの報告と一致する(3)。
遺伝的不安定性における「被ばくのメモリーは何か」ということは、ここでは明らかにされていないが、照射細胞集団が遅延的にも液性因子の作用により細胞集団としての安定化機構を持っていることが示唆された点で興味深い。
参考論文
(1) Lingle WL, Barrett SL, Negron VC et al. (2002) Centrosome amplification drives chromosomal instability in breast tumor development. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 99, 1978-1983.
(2) Kirshner J, Jobling MF, Pajares MJ et al. (2006) Inhibition of TGF-beta1 signaling attenuates ATM activity in response to genotoxic stress. Cancer Res. 66, 10861-10868.
(3) Portess DI, Bauer G, Hill MA, O’Neill P. (2007) Low dose irradiation of non-transformed cells stimulates the selective removal of precancerous cells via intercellular induction of apoptosis. Cancer Res. 67, 1246-1253.