日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

水の高LET放射線分解を介した酸素分子の生成による、酸素効果比減少のメカニズム

論文標題 High-LET Ion Radiolysis of Water: Oxygen Production in Tracks
著者 Meesungnoen J, Jay-Gerin JP
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Radiat Res. 171, 379-386, 2009
キーワード 酸素効果比 , OER , モンテカルロシミュレーション , ラジカル , LET

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 一般に、酸素効果比(OER)がLETの増加に伴い減少することはよく知られている。しかしそのメカニズムに対しては、幾つかの機構モデル(仮説)が提出されているものの、未だ的確な答えはまとまっていない。本論文では、著者Meesungnoenらが純粋な放射線化学の観点から、OER減少機構の一つとされる“Oxygen-in-the-track”モデルの妥当性について言及している。
 Meesungnoenらも述べるとおり、現在までに提出されている機構モデルの大半は、フリーラジカルの生成と反応、すなわち放射線化学的機構に基づいたものである(1)。そのうち“Oxygen-in-the-track”モデルは、高LET粒子線の飛跡中で高密度に生じたラジカル間の相互作用から酸素分子が生成されることにより、たとえ元々が無酸素下であっても酸素による増感が起こると説明する(2)。これは長らく水の放射線分解の研究から支持されてきた(3、4)。最近でもMeesungnoenらは、多重電離を考慮した場合の重イオンによる純水の放射線分解のモンテカルロシミュレーションにより、多くの酸素分子の生成が高LET条件で明確にみられることを報告している(5)。しかしながら“Oxygen-in-the-track”モデルの真実性をさらに深く考査し、低酸素細胞への放射線感受性を予測するためには、飛跡中の酸素分子の量の情報が必要であった。
 そこで本論文でのMeesungnoenらは、多重電離を考慮した場合のヘリウム(28-215 keV/mm)及び炭素イオン(97-605 keV/mm)による純水の放射線分解のモンテカルロシミュレーションにより、飛跡中酸素濃度の時間依存性(イオン衝突後の10-12s~10-6s)を初めて計算し、併せてLET依存性を報告している。また、“Oxygen-in-the-track”モデルを支持する過去の研究としてBaverstockら(3)の飛跡中酸素濃度の実験値とAlperら(6)の実効酸素濃度(OER減少が酸素分子生成のみに起因すると仮定したとき、観測されるOER減少を引き起こすのに必要な飛跡中酸素濃度)の推定値を挙げ、得られた計算結果と比較している。
 飛跡中酸素濃度の時間依存性を検討した結果、各時間スケールの飛跡中酸素濃度は“Oxygen-in-the-track”モデルを支持するのに十分高い値を示した。イオン衝突から早い時点(10-12s)の飛跡中酸素濃度は490 keV/mm炭素イオンで63 mM、95 keV/mmヘリウムイオンで1.1mMであった。これは一般にいわれる正常細胞の酸素濃度~30 mMより、遥か3オーダーも高かった。また炭素及びヘリウムイオンの飛跡中酸素濃度は、拡散過程を経て、時間と共に減少していき、それぞれ10-8s時で2.2 mMと175 mM、10-7s時で165 mMと15 mM、10-6s時では17 mMと1.3mMであった。これらの結果はBaverstockらによる飛跡中酸素濃度の実験値(~100 keV/mm ヘリウムイオンで、初期時4.2 mM、10-8s時51 mM)とよく一致した。
 次に飛跡中酸素濃度のLET依存性(28-605 keV/mm)について検討した結果、[O2]∝LET^1.8~2という傾向が得られ、Alperらによる実効酸素濃度のLET依存性の傾向とよく一致した。また、得られたLET-[O2]曲線の規模は時間スケールに大きく依存したが、時間スケールが明確にされていないAlperらの実効酸素濃度のデータ群は、時間スケール10-7sと10-6sの二曲線間にプロットできた。このことは、酸素による損傷の固定は照射後の数microsecondsの間で起こるという酸素効果の一般的な見解と整合するものであった。
 実際の細胞環境では多くの非致命的な細胞成分(主にタンパク)の損傷に酸素分子が消費されること、また酸素効果比減少の原因が一つのメカニズムで説明し切れないことを注意した上で、計算から得られた高い飛跡中酸素濃度は次のことを示唆しているとMeesungnoenらは結論付けている。
 (i)飛跡中に生成された酸素分子が、同じ飛跡によってつくられた染色体DNAの損傷とすぐに反応し得ること。(ii)そのような反応は修復不可能な損傷をもたらし、飛跡外の酸素濃度と無関係に細胞死を増加させること。(iii)少なくとも部分的にOER減少の原因を説明し得る“Oxygen-in-the-track”モデルが妥当であること。
 OER減少の原因というと多くの方は、間接作用の寄与の低下と思われるかもしれないが、実際はそう安易なものではないように思われる。実際に、ラジカルスカベンジャーを用いて細胞死に対する間接作用の寄与を実験的に評価した研究では、高LET領域でも依然として十分高い値が報告されている。今後、高LET領域におけるラジカル作用は明らかされるべきであり、“Oxygen-in-the-track”モデルに関しても、生物実験における実験的な証明が待たれるところである。
※シミュレーションにおける酸素分子生成の主なスキームは以下のとおりである。
H2O2+ + 2H2O → 2H3O+ + O(3P)
O(3P) + O(3P) → O2

 すなわち、水分子の多重電離(主に2重)による基底状態の酸素原子O(3P)を介した生成過程である。(励起状態の酸素原子O(1D)と違って、O(3P)はO(3P)自身と反応しやすい。)

参考文献
1.J. Kiefer, Biological radiation effects, Springer Berlin Heidelberg New York (1990)
2.G. J. Neary, Chromosome aberrations and the theory of RBE. 1. General considerations. Int. J. Radiat. Biol., 9, 477-502 (1965)
3.K. F. Baverstock and W. G. Burns, Primary production of oxygen from irradiated water as an explanation for decreased radiobiological oxygen enhancement at high LET. Nature, 260, 316-8
4.K. F. Baverstock and W. G. Burns, Oxygen as a product of water radiolysis in high-LET tracks. II. Radiobiological implications. Radiat. Res., 86, 20-33 (1981)
5.J. Meesungnoen and J-P. Jay-Gerin, High-LET radiolysis of liquid water with 1H+, 4He2+, 12C6+, and 20Ne9+ ions: effects of multiple ionization. J. Phys. Chem. A, 109, 6406-19 (2005)
6.T. Alper and P. E. Bryant, Reduction in oxygen enhancement ratio with increase in LET: tests of two hypotheses. Int. J. Radiat. Biol., 26, 203-18 (1974)