日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ATM、ATRリン酸化酵素によるスピンドルチェックポイント制御機構

論文標題 An ATM-and ATR-dependent checkpoint inactivates spindle assembly by targeting CEP63
著者 Smith E, Dejsuphong D, Balestrini A, Hampel M, Lenz C, Takeda S, Vindigni A, Costanzo V.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Cell Biol. 11, :278-285, 2009
キーワード ATM , ATR , チェックポイント , スピンドル , CEP63

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ATM、ATRはDNA損傷が生じると活性化し、DNA修復、細胞周期制御などに関わるタンパク質をリン酸化することによりDNA損傷応答を制御している。これらATM、ATRの機能を欠損あるいは阻害すると、は相同組換え頻度やチェックポイントの異常低下をもたらす。しかし、ATM、ATRのはDNA損傷修復やS期における機能については多くの事が報告されているにもかかわらず、M期における機能についてはほとんど明らかになっていない。本論文で著者らは実験モデル生物としてアフリカツメガエルの卵細胞及び体細胞、トリチキンDT40細胞を用い、活性化ATM、ATRによるM期チェックポイントの制御についての検討を行った。
 まず、筆者らはアフリカツメガエル卵抽出液を用いた実験において、EcoRI制限酵素や電離放射線によりDNA二重鎖切断を生じさせたところ、ATM、ATRの活性化に続き、高頻度でスピンドルの形成集積阻害異常が起こり、微小管の凝集縮が起こることを確認した。これらのスピンドル形成集積の阻害異常はKu55933やCaffeineのようなATM阻害剤を加えるとことにより抑制された。また、アフリカツメガエルの体細胞においても放射線照射によりDNA二重鎖切断を生じさせるとスピンドルの形成阻害集積異常が起こったが、阻害剤を用いてATM、ATRの活性を抑制するとスピンドルの形成阻害集積異常が減少する事を見出した。
 次に、ATM、ATRによるスピンドル形成阻害の機構における標的タンパク質が何かを検討する為に有糸分裂開始のチェックポイントにおけるATM、ATRの標的であるPlx1、Cdk1-cyclinBの活性の測定を行った。その結果ATM、ATRの活性は有糸分裂開始チェックポイントとは異なりM期では、Plx1やCdk1-cyclinBの活性に影響を与えなかった。これらの結果からATM、ATRがM期中においてPlx1、Cdk1-cyclinB以外のタンパク質を標的にしている事が示唆された。
 そこで、以上の結果よりATM、ATRのM期における新規標的タンパク質を同定する為にアフリカツメガエルcDNA発現ライブラリーを用いてATM、ATR標的のスクリーニングを行った。その結果、中心体タンパク質であるCEP63のオルソログであるXCEP63が同定された。XCEP63は染色体の分配に関与するSMCドメインを持ち脊椎動物に広く保存されているタンパク質である。質量分析を行った結果、XCEP63のATM、ATRによるリン酸化部位を検討した結果、XCEP63はSerの560番目のSerがATM、ATRによる主要なりリン酸化される部位である事が見出された。また、Ser560におけるこれらのリン酸化がはカフェインにより阻害されたことによりATM、ATRのターゲットである事を確認している。さらにM期におけるXCEP63の局在を調べたところ、卵抽出液及び体細胞においてXCEP63は中心体に局在していた。しかし、EcoR1EcoRIによりDNA切断を生じさせた行ったところ中心体に局在していたXCEP63は凝集縮した微小管全体に移動分散することがわかった。
 次に筆者らはスピンドル形成におけるXCEP63の役割とATM、ATRによるリン酸化の意義を検討するために、Immunodepletion実験を行った。卵抽出液からXCEP63のリン酸化部位変異タンパク質を発現させることによりATM、ATRによるXCEP63のリン酸化の意義を検討した。XCEP63を除去するとスピンドル形成ができなくなったことから、スピンドル形成にXCEP63が必要であることが分かった。ここに正常XCEP63を添加するとスピンドルが形成されたが、更にEcoRIを加えるとスピンドル形成が阻害された。一方、リン酸化部位変異XCEP63を添加した場合、EcoRIを加えてもスピンドルの形成阻害が起こらなかった。更に、その結果リン酸化部位変異XCEP63はDNA損傷が生じても微小管へ移動せずに中心体に留まる事が確認された。これらの結果から、DNA損傷が生じた際、ATM、ATRがSer560をリン酸化することにより、XCEP63を中心体から引き離し、スピンドル形成を阻害することが明らかになった。同様の結果がトポイソメラーゼ阻害剤であるカンプトテシンにより誘導されたDNA損傷後も得られた。 
 さらに筆者らはトリチキンDT40細胞を用いてCEP63のノックアウト細胞を作製し、CEP63の機能を検討した。ノコダゾール処理によりCEP-/-細胞をM期に同調すると、正常なスピンドルの形成集積が見られなかった事からCEP63は正常なスピンドルの形成集積に必要である事が示唆された。興味深いことに、上記のリン酸化部位はトリCEP63には見られないが、DT40においてもカンプトテシン(DNA二重鎖切断を生ずる薬剤)処理によりスピンドルの形成阻害が起こること、CEP63がリン酸化されること、また、これらがカフェインで阻害されることを述べている。これらのことから、ATM、ATRによるCEP63を介したスピンドル制御機構はトリ、そしておそらく他の生物種でも保存されていると考えられる。
 本論文はこれまで明らかでなかったATM、ATRのM期における役割に迫っており、ATM、ATRがDNA損傷に応答して依存的に活性化されスピンドル形成阻害集積の異常を引き起こす事を明らかにした。また、ATM、ATRの新規標的タンパク質として中心体タンパク質CEP63を同定していることから、今後新たにM期の制御に関わるタンパク質がATM、ATRの標的として見つかる事が期待される。

<キーワード>
ATM
ATM遺伝子はataxia telangiectasia(毛細血管運動失調症)の原因遺伝子として同定された。遺伝子産物であるATMはDNA損傷応答の初期に活性化され、p53やNBS1、SMC1といったDNA修復や細胞周期チェックポイントに関わるタンパク質をリン酸化することにより、G1-Sチェックポイントを制御している。
ATR
ATR遺伝子は遺伝病であるSeckel症候群の原因遺伝子の一つである事が知られている。遺伝子産物であるATRはUV照射やDNA複製阻害によりChk1をリン酸化しDNA複製チェックポイントやG2期チェックポイントを制御している。

<参考文献>
1. Grifith E., Walker S., Martin C. A, Vagnarelli P., Stiff T., Vernay B., A. I Sanna N.A., Saggar A., Hamel B., Earnshaw W. C, Jeggo P. A, Jackson A. P, O’Driscoll M. Mutation in pericentrin cause Seckel syndrome with defevtive ATR-dependent DNA signaling. Nature Genetics 40 (2), 232-236 (2009)
2. Andersen J. S, Wilkinson C. J, Mayor T., Mortensen P., Nigg E. A, Mann M. Proteomic characterization of the human centrosome by protein correlation profiling. Nature 426 (6966), 570-574 (2003)