日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

癌幹細胞における活性酸素種消去能の亢進:放射線抵抗性の原因か?

論文標題 Association of reactive oxygen species levels and radioresistance in cancer stem cells
著者 Diehn M, Cho RW, Lobo NA, Kalisky T, Dorie MJ, Kulp AN, Qian D, Lam JS, Ailles LE, Wong M, Joshua B, Kaplan MJ, Wapnir I, Dirbas F, Somlo G, Garberoglio C, Paz B, Shen J, Lau SK, Quake SR, Brown JM, Weissman IL, Clarke MF.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature 459, 780-783, 2009
キーワード 癌幹細胞 , ROS , 低酸素 , DNA損傷 , ニッチ

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 近年、癌組織中に僅かに存在している未分化細胞のマーカーを保持した少数の癌細胞は、強い自己複製能と癌形成能を有することが明らかにされ、癌組織はそれら少数の、いわゆる癌幹細胞と、癌幹細胞から生み出された癌前駆細胞、分裂能力を失った癌細胞から成り立っていると考えられている。現在までに人の様々な癌組織で、こうした癌幹細胞にあたる細胞が見つかってきており、急性骨髄性白血病(1)乳癌(2)脳腫瘍(3)前立腺癌(4)大腸癌(5)膵臓癌(6)等、様々な癌種において、癌幹細胞の存在が示されている。また、癌幹細胞は正常な組織幹細胞と同様、特別な微小環境(ニッチ)中に存在していると考えられ、通常非常に低酸素状態に保たれたニッチの中で休眠状態のまま維持され、更に多能性の維持、分裂増殖と分裂停止、局在化等がニッチによって制御されていると考えられている。
 筆者等はまず、2系統のマウス(C57BL/6J、29S1/SvImJ)上皮由来正常幹細胞、及び前駆細胞の細胞内活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)を、DCF-DA蛍光試薬を用いて定量化を行った。その結果、前駆細胞と比べて幹細胞の細胞内ROSは有意に低く、更にミトコンドリア呼吸活性(Mito-Sox蛍光量)も幹細胞で有意に低いことが判明した。同様にして、ヒトの乳癌組織細胞とマウスに生じた乳癌(MMTV-Wnt1;乳癌のモデルマウス)由来癌組織細胞において、癌幹細胞(癌幹細胞が濃縮された集団)は、前駆細胞(癌形成能を持たない集団)と比較してROSが非常に低い状態であり、モデルマウスにおいてもヒト癌組織と同様な傾向があることが明らかとなった。こうした癌幹細胞での低いROS量の原因としては、低いミトコンドリア呼吸活性と共に、ROS消去に関わる酵素(Gclm、Gss)や、多くのROS消去酵素の転写活性化に関わるとされる、Foxo1遺伝子の発現上昇がみられることから、細胞内ROSの消去系が亢進していることが考えられる。
 癌幹細胞における、こうした高いROSの消去能は、電離放射線照射により生じるROSの細胞致死効果に対して、防護的に働くことが予想される。そこで、筆者等は、コメットアッセイとγH2AXの定量化により、癌幹細胞と前駆細胞におけるDNA損傷の検出を行った。結果、前駆細胞と比較して、癌幹細胞ではDNA損傷量は有意に低いことが判明した。この損傷量の違いは、癌幹細胞と前駆細胞の放射線致死効果にも反映され、MMTV-Wnt1マウスに出現した癌に対して放射線照射を行った(3×5Gy or 5×2Gy)際、照射後の癌幹細胞の存在割合は前駆細胞より増加していることが判明した。これらの事実から、癌幹細胞(と正常組織幹細胞)は、分化した細胞よりも細胞内ROSが低い状態に保たれ、放射線照射等ROSが関わる損傷により細胞致死効果をもたらす効果に対して、高い抵抗性を示していることが示された。これまで、癌細胞の放射線抵抗性や薬剤抵抗性に関し、癌幹細胞の「低酸素状態」や「ROS消去能の亢進」は、予想されてはきた。しかし、癌幹細胞マーカーの妥当性や、癌幹細胞そのものの概念に対する議論から、直接的な結果は示し難い中、未分化マーカーを保持し、造腫瘍性の高い癌細胞集団では、ROSに対する防御機構が亢進しているという現象は、注目に値する研究であると思われる。

<参考論文>
(1) Bonnet D, Dick JE. (1997) Human acute myeloid leukemia is organized as a hierarchy that originates from a primitive hematopoietic cell. Nature Medicine, 3, 730-737.
(2) Al-Hajj M, Wicha MS, Benito-Hernandez A, Morrison SJ, Clarke MF. (2003) Prospective identification of tumorigenic breast cancer cells. Proc Natl Acad Sci USA, 100, 3983?3988.
(3) Singh SK, Clarke ID, Terasaki M, et al. (2003) Identification of a cancer stem cell in human brain tumors. Cancer Research, 63, 5821-5828.
(4) Richardson GD, Robson CN, Lang SH, et al. (2004) CD133, a novel marker for human prostatic epithelial stem cells. Journal of Cell Science, 117, 3539-3545.
(5) Ricci-Vitiani L, Lombardi DG, Pilozzi E, et al. (2007) Identification and expansion of human colon-cancer-initiating cells. Nature, 445, Issue.7123, 111-115.
(6) Li C, Heidt DG, Dalerba P, et al. (2007) Identification of pancreatic cancer stem cells. Cancer Research, 67, 1030-1037.