日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

網膜芽細胞腫Rbたんぱく質はE2FによるN-Rasイソプレニル化を抑制することによりDNA損傷応答と細胞老化を制御する

論文標題 Rb Regulates DNA Damage Response and Cellular Senescence through E2F-Dependent Suppression of N-Ras Isoprenylation
著者 Shamma A, Takegami Y, Miki T, Kitajima S, Noda M, Obara T, Okamoto T, Takahashi C.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Cell 15, 255-269, 2009
キーワード Rb , E2F , Ras , DNA損傷 , イソプレニル化

► 論文リンク

 細胞の腫瘍化に関連する遺伝子は多く存在するが、その中には細胞の老化と関連する遺伝子がいくつか知られている。腫瘍抑制遺伝子p16Ink4aは細胞周期チェックポイントのG1期チェックポイントにおいて細胞周期を停止させる遺伝子であり、細胞の異常な増殖を停止させる機能が知られているが、一方で細胞の老化に関連することが知られている(1)。そのほかにもARF、p53、RBなどが細胞の老化と関連する事が知られている(2,3)。
 本論文ではRBに着目し、Rbヘテロ欠損マウスを用いた。このマウスは正常なRbアリルが欠損することにより甲状腺でC細胞腺腫を発生するが、さらにN-rasが両アリル欠損することにより悪性転換し、腺がんが発生する。細胞増殖、胚発生、そして腫瘍化におけるRbとRasの相互作用はマウスで検討されてきているが、核となるメカニズムは明らかとなっていない。
 実際にC細胞腺腫では免疫染色によりgH2AX,リン酸化ATM,リン酸化p53,p16Ink4a,SA-b-galの陽性細胞が多数観察され, N-ras依存的にDNA損傷応答や細胞老化が起こっていたが、一方で腺がんではこれらの細胞応答は観察されず、PCNA,Ki-67陽性細胞が多く観察され,細胞増殖の亢進が起こっていた。Rb-/-、N-ras-/-マウス胚線維芽細胞MEFでも同様に細胞老化が見られず、細胞増殖が亢進していた。
 これらの現象がどのようなメカニズムで引き起こされているかについて,著者らはRbの不活性化が転写因子E2F依存性にファルネシル二リン酸シンターゼ,プレニル基転移酵素,そしてそれらの上流制御因子であるsterol regulatory element-binding proteins (SREBPs)の異常な発現を引き起こし,N-rasのイソプレニル化と活性化を導くことを明らかにした。その結果,上昇したN-Ras活性はRb欠損細胞でDNA損傷応答とp130依存性細胞老化を誘導していた。さらにp16Ink4a,ArfまたはSuv39h1を欠損したRbヘテロ欠損マウスは腺がんを発生したことからも細胞老化がRbの欠損によるがん化を抑制することが示唆される。
 本研究はRbがない状態では、E2F-1とE2F-3が直接またはSREBPを介してたんぱく質イソプレニル化に係る大部分の遺伝子の転写を促進し、このことがRb不活性化により引き起こされるRas活性を上昇させることを部分的に示している。本研究の結果から、RasとRb活性はcyclin D/Cdk4/6またはE2F/イソプレニル化により抑制しあうことで生理学的なバランスをとっていることが示唆されると著者らは言っている。また、本研究はRb欠損細胞におけるN-Rasの腫瘍抑制機能を示している。加えて、Rasたんぱく質は多くの細胞で腫瘍化を促進することから、RB経路に異常をもつヒト腫瘍に対する治療法としてのプレニル化転移酵素阻害剤の応用も期待される。

<参考>
イソプレニル化について
幾つかのたんぱく質はイソプレニル脂質(ファルネシルまたはゲラニルゲラニルイソプレノイド)をC末端に近いシステイン残基に加えることにより翻訳後修飾をする。たんぱく質のイソプレニル化は膜との結合を促進し、たんぱく質-たんぱく質相互作用に貢献している。ファルネシル化されたたんぱく質には低分子量Gたんぱく質やRasがあり、Rasの活性化にはイソプレニル化が必須であると言われている(4)。

<参考文献>
1) Kim, WY., et al. The regulation of INK4/ARF in cancer and aging. Cell. 127(2):265-75, 2006.
2) Collado, M., et al. Cellular senescence in cancer and aging. Cell. 130(2):223-33, 2007.
3) Di Micco, R., et al. Breaking news: high-speed race ends in arrest--how oncogenes induce senescence. Trends Cell Biol. 17(11):529-36, 2007.
4) Basso, AD., et al., Lipid posttranslational modifications. Farnesyl transferase inhibitors. J Lipid Res. 47(1):15-31, 2006.