日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

腸上皮幹細胞系の培養 ~放射線影響研究への可能性~

論文標題 Single Lgr5 stem cells build crypt-villus structures in vitro without a mesenchymal niche
著者 Sato T, Vries RG, Snippert HJ, van de Wetering M, Barker N, Stange DE, van Es JH, Abo A, Kujala P, Peters PJ, Clevers H.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 459, 262-265, 2009
キーワード 陰窩 , 腸管 , 幹細胞 , Lgr5 , ニッチ

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 放射線による腸上皮の障害は教科書でも有名である。小腸上皮は陰窩と絨毛から成り、陰窩中の分裂のさかんな細胞が種々の分化細胞を生み出しているが、放射線はこの分裂のさかんな細胞を殺傷する。2Gy前後の比較的低い線量の被ばくの場合、陰窩の底から約4番目の位置の細胞が高感受性を示し、分化細胞の生産が妨げられるため、数日後から腸障害が現れる。教科書的には、この4番目の細胞が腸上皮の幹細胞であるとされてきた。一方、照射から数週間後には陰窩が再生し、障害から回復されることからすると、放射線照射後も幹細胞は実は生存している。この再生を顕著に抑制するのが10Gy程度の高線量であることから考えて、この幹細胞の放射線感受性は4番目の細胞より低い。  私(紹介者)も陰窩の4番目の細胞が腸上皮幹細胞であると思い込んでいたが、腸研究の世界では、別の幹細胞が明らかにされている。本論文を書いたHans Cleverらの研究グループは、Lgr5というタンパクを発現する細胞が陰窩の最深部に存在し、これが多分化能を有する幹細胞であることを示している(1)。  さて、腸管への放射線影響の研究は、個体を用いて行われてきたが、これは、陰窩・絨毛構造を保ったまま腸上皮を長期間培養する方法がなかったことにもよるだろう。本論文では、成長因子としてWntアゴニスト、EGF、Nogginを含む培地を用い、ラミニンを多く含む人工細胞外基質(マトリゲル)上で、陰窩・絨毛構造を持つ器官様構造物を長期間(8ヶ月!)培養することに成功した。この構造物は、球殻状の基本構造と、外側に突き出た複数の陰窩という、中空のコンペイトウ状ともいうべきユニークな形態をしている。光顕・電顕レベルでも免疫組織化学的にも、この陰窩・絨毛様構造物は生体内のものに酷似している。  細胞系譜のトレーシングの結果、この構造物中でも、Lgr5発現細胞は幹細胞機能を有していた。また、単離したLgr5発現細胞を同様に培養すると、単一細胞から陰窩・絨毛様構造物が生じた。この構造物を単一細胞レベルに解離し、再培養すると、同様の構造物が再生した。  このように、単一細胞から培養下での陰窩・絨毛構造の再構成が可能であったことから、培地中に均一に存在する成長因子以外に、位置情報を提供するニッチがなくても、陰窩・絨毛構造は形成されうると、著者らは考察している。  面白いことに、Lgr5発現細胞に重要な遺伝子変異が生じると発がんの原因となることが、今年初めに同じ研究グループにより報告されている(2)。今回の論文では、放射線影響を調べてはいないが、このシステムは今後、腸上皮への放射線の急性影響のメカニズムを詳細に解析するツールとして有用なのではないだろうか。また、発がん起始細胞となる組織幹細胞への放射線影響の解析に利用できるのではないだろうか。今後の進展が期待される。
<参考文献>
1) Barker N, et al. Identification of stem cells in small intestine and colon by marker gene Lgr5. Nature 449(7165): 1003-7, 2007. 2) Barker N, et al. Crypt stem cells as the cells-of-origin of intestinal cancer. Nature 457(7229): 608-11, 2009.