日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

スルフォラファンを用いたNrf2の反復刺激は放射線照射から線維芽細胞を保護する

論文標題 Repeated Nrf2 stimulation using sulforaphane protects fibroblasts from ionizing radiation
著者 Mathew ST, Bergström P, Hammarsten O
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Toxicology and Applied Pharmacology 276, 188-194, 2014
キーワード 放射線照射 , フリーラジカル , Nrf2 , スルフォラファン , DNA損傷

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 Nuclear factor-erythroid-2-related factor 2 (Nrf2)-kelch-like ECH-associated protein 1 (Keap1) 制御系は,酸化ストレスに対するセンサーとして重要な役割を果たしていることがわかっている。通常,Nrf2は細胞質に存在し,Keap1は恒常的環境においてNrf2をプロテアソーム系で分解し,制御している。しかし,酸化ストレスを受けるとNrf2の分解が阻害され,分解を免れたNrf2は核移行シグナルを持ち,核内に蓄積する。核内に移行したNrf2は多くの抗酸化遺伝子の制御配列上に存在するantioxidant response element (ARE)配列に結合し,これらの標的遺伝子群を統一的に転写誘導する。例えば,Nrf2が核内に移行することによりグルタチオン合成酵素やヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)などの酸化ストレス応答遺伝子が発現誘導することで,酸化ストレスに対する生体防御機能を活性化させる。
 スルフォラファンはNrf2を活性化することにより酸化ストレスに対する生体防御機能を活性化し,また腫瘍細胞のアポトーシスを誘導することから,Nrf2の活性化は放射線治療効果を高めることが示唆されている。ただし,Nrf2欠損マウスではこのような効果は認められない。他方,スルフォラファンの処理方法によりNrf2活性化の程度が異なることもわかっており,本研究では放射線に対するスルフォラファンの細胞保護効果を明らかにするため,スルフォラファンの1回処理と3回処理の違いについて検討している。
 本実験では,ヒト皮膚線維芽細胞とNrf2(-/-)ノックアウトマウスまたはwild type Nrf2(+/+)の胎児線維芽細胞を材料とした。L-スルフォラファンを100mMのジメチルスルホキシド (DMSO)に溶かし,全てのサンプルのDMSOの最終濃度が0.1%となるよう調製した。スルフォラファンの処理は4時間を1回と4時間を3日続けて(3回)の2条件を検討した。また,細胞はGammacell®3000Elanを用い,2Gyまたは4Gyを照射(線量率128mGy/sec)した。
 まず,筆者らはスルフォラファンの放射線照射に対する細胞保護効果の有無について検討した。その結果,2Gyまたは4Gyの照射前に0,1,3,10,15,30μMのスルフォラファンを1回処理した場合は細胞生存率が処理前に比べ有意に減少したが,同様に3回処理した場合は細胞生存率が10μMをピークに濃度依存的に増加し30μMで処理前と同じレベルまで減少した。他方,2Gy照射前にクルクミンやブチルヒドロキノン(tBHQ)などのNrf2活性因子で処理したところ,細胞生存率は統計学的有意差はなかったものの増加傾向にあった。これより,Nrf2活性因子は放射線照射に対する細胞保護効果のあることが示された。
 次に,Nrf2の活性に伴うHO-1やキノン酸化還元酵素(NQO1)の発現量を検討した。スルフォラファンを3回処理した場合, HO-1やNQO1 mRNA量が増加し,HO-1 mRNA量はスルフォラファン10μMで最大となったが,NQO1 mRNA量は濃度依存的に増え続けた。
2Gyまたは4Gyの照射前に0-10μMのスルフォラファンを1回処理した場合,マウス胎児線維芽細胞(MEF) Nrf2 +/+ (WT)の細胞生存率は増加せず,Nrf2 -/- (KO) MEFは照射に対する細胞障害効果が認められた。同様に3回処理した場合,Nrf2 WT MEFの生存率は増加したが,Nrf2 KO MEFは照射に対する細胞障害効果が認められた。これは,スルフォラファンを介した細胞保護効果にはNrf2が重要な役割を果たしていることを示唆している。他方,照射していないNrf2 KO MEFにスルフォラファンを3回処理すると細胞障害効果を示したが,Nrf2 WT MEFでは認められなかった。また,スルフォラファン処理方法にかかわらず,Nrf2 WTではHO-1やNQO1の遺伝子が発現したが,Nrf2 KO MEFでは認められなかった。これより,スルフォラファンはその代謝過程で活性酸素種(ROS)を産生することで酸化ストレス因子として働き,結果としてNrf2を活性化し,酸化ストレス応答遺伝子の発現誘導することで酸化ストレスに対する生体防御機能を活性化させる。しかし,Nrf2 KO MEFではこれら酸化ストレス応答遺伝子の発現誘導が起こらないため,スルフォラファンから受ける酸化ストレスにより細胞障害が起こったことが推察された。
 また,ヒト線維芽細胞にスルフォラファンを3回処理した場合の照射に伴い生じるROSの産生量を検討したところ,照射後の細胞内のROSはスルフォラファンの増加と共に減少した。すなわち,スルフォラファンによりNrf2が活性化されることで抗酸化関連物質や酵素などが増加しROSを無毒化したため,照射後の細胞内のROSが減少したことが推察された。
スルフォラファンを3回処理した場合,照射により生じるDNAの二重鎖切断にどのような影響を及ぼすかを検討した結果,ヒトの皮膚線維芽細胞のγH2AXフォーカスが減少した。これはROSにより生じる二重鎖切断を減少させたことを示す。
以上をまとめると,酸化ストレス因子であるスルフォラファンの処理によりNrf2が活性化され,核内に移行したNrf2が抗酸化関連物質や酵素などを増加させることで照射に伴い増加したROSを無毒化し,DNAの二重鎖切断を抑制したものと考えられる。本研究では,この効果が1回投与よりも3回投与の方が効果的であることを明らかにした。しかし,本実験ではなぜ1回処理と3回処理で効果が異なるのかについては示していない。
Nrf2の活性化は放射線照射によっても起こることが報告されているが,Nrf2を活性化させる因子の前処理が放射線抵抗性を誘導するのであれば,至適線量があるにせよ,放射線照射後にも同様の細胞保護効果があると推定される。Nrf2の活性化は酸化ストレスにより生じることから,スルフォラファンや放射線照射に限らず,様々な方法で放射線誘導細胞死が抑制される可能性がある。