日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ヒト胚性癌腫細胞におけるゲノム安定性の維持機構

論文標題 DNA damage mediated s and G2 checkpoints in human embryonal carcinoma cells
著者 Wang X, Lui VC, Poon RT, Lu P, Poon RY.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Stem Cells 27, 568-576, 2009
キーワード ES細胞 , ヒト胚性癌腫細胞 , チェックポイント , DNA修復 , DNA損傷

► 論文リンク

 マウス胚性幹細胞(mouse Embryonic Stem Cell : mES細胞)は、DNA損傷後のG1期チェックポイントを示さず(1-3)、ゲノム安定性を維持するために2つの機構が働いていると考えられている。すなわち、アポトーシスによる損傷細胞の排除(1, 2, 4)および分化誘導による幹細胞プールからの除去(5)である。一方で、ヒトの場合でも胚発生初期からDNA修復関連遺伝子の発現が認められ、DNA損傷修復機構が備わっていることが示唆されている(6)。しかしながら、ヒトにおける修復応答の分子メカニズムは詳細には検討されていない。本報告においてWang らは、ヒト胚性癌腫細胞(human Embryonal Carcinoma : hEC細胞)に効率的なDNA修復機構が備わっていることを明らかにしている。まず、hEC細胞に放射線を照射し、DNA損傷後のATMやchk2キナーゼ、p53が正常に活性化(リン酸化)することを認めた。照射により核内に生成したγH2AXフォーカスは照射30時間後には大部分が消失した。また、mES細胞と同様にG1期チェックポイントが生じないことを明らかにし、S期進行の遅延とそれに続くG2期の遅延が生じることを認めた。さらに、S期アレストとp21、cdk2の発現増加はATR-Chk1経路の阻害剤であるUCN-01により顕著に抑制されたため、ATR-Chk1経路およびp21がhEC細胞におけるS期チェックポイントに重要であることが示唆された。
 またWang らは、通常のhEC細胞とレチノイン酸で分化誘導したhEC細胞とを用い、放射線照射による細胞応答について比較した。結果の相違は以下のとおりである。1)分化させたhEC細胞では、照射後S期アレストが生じず、大部分の細胞にG2期アレストが生じた。照射後のp21発現増加は未分化hEC細胞でのみ認められた。2)分化させたhEC細胞ではサイクリンB1/CDC2複合体形成が増加していて、サイクリンEの発現およびサイクリンE/CDK2複合体形成は低いレベルに保たれていた。3)コロニー形成能でみた両細胞のγ線に対する生存率は、未分化hEC細胞の方が高かった。4)照射後のATM、chk1、chk2のリン酸化は未分化hEC細胞の方が高かった。5)照射後残存するγH2AXフォーカス数は分化させたhEC細胞の方が多かった。これらの結果から未分化のhEC細胞のほうがより高いDNA修復能を保持しているとWangらは結論づけた。以上より、hEC細胞におけるS期チェックポイントおよびG2期チェックポイントを介したDNA修復機構の亢進が、幹細胞のゲノムの安定性の維持に貢献しているものと考えられる。

参考文献
1. Aladjem MI, Spike BT, Wahl GM. ES cells do not activate p53-dependent stress responses and undergo p53-independent apoptosis in response to DNA damage. Curr Biol 1998;8:145?155.
2. Fluckiger AC, Marcy G, Savatier P. Cell cycle features of primate embryonic stem cells. Stem Cells 2006;24:547?556.
3. Hong Y, Stambrook PJ. Restoration of an absent G1 arrest and protection from apoptosis in embryonic stem cells after ionizing radiation. Proc Natl Acad Sci USA 2004;101:14443?14448.
4. Heyer BS, MacAuley A, Behrendtsen O et al. Hypersensitivity to DNA damage leads to increased apoptosis during early mouse development. Genes Dev 2000;14:2072?2084.
5. Lin T, Chao C, Saito S et al. p53 induces differentiation of mouse embryonic stem cells by suppressing Nanog expression. Nat Cell Biol 2005;7:165?171.
6. Jaroudi S, SenGupta S. DNA repair in mammalian embryos. Mutation Res 2007;635:53?77.