日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

BRCA1複合体の新たな因子MERIT40/NBA1

論文標題 MERIT40 facilitates BRCA1 localization and DNA damage repair.
著者 Feng L, Huang J, Chen J.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Genes Dev. 23, 719-728, 2009
キーワード BRCA1 , DNA損傷 , MERIT40 , MBA1 , フォーカス形成

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 BRCA1は家族性乳癌・卵巣癌の原因遺伝子産物であり、野生型BRCA1蛋白質の欠損は放射線感受性、DNA二重鎖切断修復の異常、SチェックポイントおよびG2/Mチェックポイントの異常を引き起こす。BRCA1はRINGフィンガードメインを持ち、BARD1と複合体を形成することによりリジン6(K6)連結ポリユビキチン鎖の形成を触媒する、ユビキチンリガーゼE3として機能する。
 現在BRCA1/BARD1はA, B, Cの3種類の複合体を形成すると考えられている。A complexはA braxas (CCDC98), Rap80, BRCC36, BRE, B complexはB ACH1 (Brip1), C complexはC tIPをそれぞれ含む複合体である。このうちA complexはSer139リン酸化ヒストンH2AX, Ser1981リン酸化ATMなどと同様に放射線照射後、核内のDNA二重鎖切断部位周辺に集積し、特異的抗体を用いた蛍光免疫染色法により「フォーカス」として顕微鏡下で可視化される。このフォーカスは損傷シグナルの発信源として、DNA損傷チェックポイントの誘導に極めて重要である。フォーカス形成にはリン酸化およびユビキチン化により制御されるヒエラルキーが存在する。これまでに明らかになっているヒエラルキーは以下の通りである (1)。ATMによりリン酸化されたヒストンH2AXに、phosphoSxxFモチーフに親和性が高いBRCTドメインを持つMDC1が結合する。またATMにより付与されたMDC1のリン酸基にユビキチンリガーゼE3であるRNF8が自身のFHAドメインを介してMDC1に結合する。RNF8はユビキチン結合酵素E2と協調してDNA二重鎖切断部位周辺のヒストンH2A/H2Bなどをユビキチン化する(K63連結ユビキチン化)。このユビキチン化されたクロマチンには第2のユビキチンリガーゼE3であるRNF168が結合し、DNA二重鎖切断部位周辺のユビキチン化を増幅すると考えられている。このユビキチン化クロマチンにBRCA1 A complexがリクルートされてくるわけであるが、現在一般的には、Ubiquitin-Interacting Motif (UIM)を持つRap80がこのユビキチン化クロマチンに結合し、Rap80と結合しているAbraxas/CCDC98のSer406が照射後リン酸化され、BRCA1がBRCTドメインを介してこのリン酸化Abraxas/CCDC98に結合し、A complexがフォーカス部位にリクルートされると考えられている。
 今回紹介する論文ではJunjie Chen, Stephan Elledge, Roger Greenbergの3グループがTAP(Tadem Affinity Purification)法とマススペクトロメトリーを用いて、BRCA1 A complexの新しい因子を同定した。その因子をChenおよびGreenbergはMERIT40 (MEdiator of Rap80 Interactions and Targeting 40 kD), ElledgeはNBA1(New component of the BRCA1 A complex)と命名した。
 MERIT40/NBA1はBREと直接結合し、この結合を介してAbraxas/CCDC98に結合する。またMERIT40/NBA1をノックダウンするとBREおよびAbraxasの発現が減少することから、MERIT40/NBA1はBREおよびAbraxas/CCDC98の発現量維持、おそらく安定性に関与している。A complex全体の安定性はA complexのコンポーネント全てに依存しており、例えばBRCC36, BREあるいはMERIT40をノックダウンするとAbraxas/CCDC98-Rap80、あるいはBRCA1-Rap80のinteractionが減少する。またA complex中のAbraxas/CCDC98, Rap80, BRCC36, BRE, MERIT40の放射線照射後のフォーカス形成は、この5個の蛋白質のいずれか一つをノックダウンしても起こらなくなる。またBRCA1のフォーカス形成も上記の5個の蛋白質全てに依存している。しかしながらBRCA1をノックダウンしても上記の5個の蛋白質のフォーカス形成に異常は見られないことから、上記の5個の蛋白質はフォーカス形成カスケードにおいてBRCA1の上流に位置し、協調してBRCA1のリクルートに働いていると考えられる。またAbraxas/CCDC98, Rap80, BRCC36, BRE, MERIT40のいずれをノックダウンしても細胞は放射線感受性になり、G2/Mチェックポイントは異常になる。
 さらにElledgeらはRap80以外のA complexコンポーネントにもユビキチン結合モチーフが存在することをバイオインフォマティクスにより明らかにした。Abraxas/CCDC98はN末にMPN-モチーフ、BREはN末およびC末に1つずつUEV1モチーフ、BRCC36はN末にMPN+モチーフを持ち、これらは26 Sプロテアソームのコンポーネントにも見られるユビキチン結合モチーフである。
 またBRCA1 A complexは全体としてみても19Sプロテアソームのlid complexによく似ているそうである。
 本論文によりまた新たなフォーカス形成因子が報告された。これまで報告されたフォーカス形成因子は全て程度の差こそあれ、全て放射線抵抗性およびDNA損傷チェックポイントに関与している。DNA損傷チェックポイントの主役はあくまでATMであるが、極めて興味深いのはフォーカス形成の最下流に近いBRCA1が欠損しているHCC1937細胞においてSer1981リン酸化ATMのフォーカス形成が見られないという事実である (2)。今後も新たなフォーカス形成因子が発見されるであろうが、全てのフォーカス形成因子は活性化ATMをDNA二重鎖切断部位周辺に高濃度に集積させることに働いているのであろうか?

<参考文献>
1. Wang, B., Hurov, K., Hofmann, K., Elledge, S.J. (2009) NBA1, a new player in the BRCA1 A complex, is required for DNA damage resistance and checkpoint control. Genes Dev. 23(6), 729-739.
2. Shao, G., Patterson-Fortin, J., Messick, T.E., Feng, D., Shanbhag, N., Wang, Y., Greenberg, R.A. (2009) MERIT40 controls BRCA1-Rap80 complex integrity and recruitment to DNA double-strand breaks. Genes Dev. 23(6), 740-754.
3. Panier, S., Durocher, D. (2009) Regulatory ubiquitylation in response to DNA double-strand breaks. DNA repair 8(4), 436-443.
4. Kitagawa, R., Bakkenist, C.J., McKinnon, P.J., Kastan, M.B. (2004) Phosphorylation of SMC1 is a critical downstream event in the ATM-NBS1-BRCA1 pathway. Genes Dev. 18(12), 1423-1438.