白髪が生じるメカニズム:DNA損傷による色素幹細胞の分化
論文標題 | Genotoxic stress abrogates renewal of melanocyte stem cells by triggering their differentiation. |
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著者 | Inomata K, Aoto T, Binh NT, Okamoto N, Tanimura S, Wakayama T, Iseki S, Hara E, Masunaga T, Shimizu H, Nishimura EK |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cell, 137, 1088-1099, 2009 |
キーワード | 幹細胞 , DNA損傷 , 放射線 , 早期分化 , チェックポイント |
電離放射線に被ばくしたマウスでは白髪(hair graying)が見られる。毛の色は、毛包内の色素細胞(melanocyte)が産生する色素(melanin)に由来する。毛包は、周期的な増殖・休止を繰り返して体毛を維持する、皮膚付属器官である。
本論文の著者らは、Dct-lacZトランスジーンの発現を指標に色素細胞系列を追跡できるマウスを作製し、毛包のバルジと呼ばれる領域に色素細胞の供給源となる色素幹細胞が存在することを示している(1)。また、自然老化に伴って色素幹細胞が早期(premature)に分化(色素の出現と形態変化を指標とする)してしまい、その結果として未分化な色素幹細胞が枯渇し、白髪が生じることも示してきた(2)。本論文では、放射線照射後の色素幹細胞の挙動を調べている。
放射線(X線5Gy)照射後、毛包が成長期に入って色素幹細胞が分裂した場合には、自然老化の場合と同じく、色素幹細胞が早期に分化した。照射後に毛包が休止期におかれ続けた場合はこの現象は見られない。次の成長期に発生した毛は白色であった。他の遺伝毒性物質や、DNA修復に関わるXPD遺伝子の変異によっても、同様の効果が見られた。Atmノックアウトマウスでは3Gyでもこの現象が見られた。このように、DNA損傷を受けた色素幹細胞では分化のプロセスが開始される。
DNA損傷によって引き起こされるどのようなシグナルが、色素幹細胞を分化させるのだろうか? 放射線照射後の色素幹細胞ではDNA損傷応答系タンパク質のフォーカス形成が見られ、特にフォーカスが長期残存する細胞に分化が起こった。アポトーシスや細胞老化(SA-β-gal活性化等)は起こらなかった。p53やp16/p19のノックアウトマウスでも照射後の色素幹細胞の早期分化は見られ、これらの分子は無関係であることが示唆された。結局、フォーカス形成との関連は考えられるものの、そのDNA損傷を細胞の分化につなげる因子の正体は、ここでは明らかにできなかった。
それでは、この早期分化の機構は自然の分化と同じであろうか? 色素細胞は、マスター転写因子MITFが色素合成酵素遺伝子群を発現誘導することにより、分化する。照射後に早期分化する色素幹細胞でも、MITFや下流遺伝子の恒常的活性化が見られた。正常分化と同様の黒色素胞(色素細胞特有の細胞内小器官)も形成された。また、色素細胞の分化はメラノサイト刺激ホルモンにより促進されるが、その受容体ノックアウトマウスの解析により、放射線はこれより上流の機構を刺激して分化を開始させることが示唆された。
著者らは個体の自然老化に伴う白髪に興味を持っており、自然老化においてもDNA損傷によって幹細胞が分化・枯渇することで白髪が生じるのであろうと推測している。ところで幹細胞におけるDNA損傷は、アポトーシスや細胞老化を介して、幹細胞の枯渇につながると考えられてきた。実際、造血幹細胞は、放射線照射により細胞老化を介して枯渇する(3,4)。一方、胚性幹細胞(ES細胞)ではDNA損傷後の分化促進が見られる(5)。色素幹細胞の応答はむしろこちらに類似しており、幹細胞において、アポトーシスや細胞老化以外に、幹細胞性を維持するか分化するかを決定する「幹細胞性チェックポイント(Stemness checkpoint)」が存在することが示唆される。
この「幹細胞性チェックポイント」が、放射線発がんに対する生体防御機構のひとつであるとすれば、その破綻が放射線発がんにも関わっているはずであり、ひじょうに興味深い。たとえば原爆被爆者においては悪性黒色腫(melanoma)の有意なリスク増加は観察されておらず(6)、色素幹細胞の「幹細胞性チェックポイント」が有効に働いていると想像される。色素細胞以外の、放射線発がんリスクの高い組織についてはどうなっているのかも、興味深い点である。
<参考文献>
1) Nishimura EK, et al. Dominant role of the niche in melanocyte stem-cell fate determination. Nature 416: 854-860, 2002.
2) Nishimura EK, et al. Mechanisms of hair graying: incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche. Science 307: 720-724, 2005.
3) Meng et al. Ionizing radiation and busulfan induce premature senescence in murine bone marrow hematopoietic cells. Cancer Res. 63: 5414-5419, 2003.
4) Wang et al. Total body irradiation selectively induces murine hematopoietic stem cell senescence. Blood 107: 358-366, 2006.
5) Li et al. p53 induced differentiation of mouse embryonic stem cells by suppressing Nanog expression Nat. Cell Biol. 7, 165-171, 2005.
6) Preston et al. Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiat. Res. 168: 1-64 , 2007.