日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

酸素分圧は細胞の運命を左右している

論文標題 Hypoxia and HIF1-alpha Repress the Differentiative Effects of BMPs in High-Grade Glioma
著者 Pistollato F, Chen HL, Rood BR, Zhang HZ, D'Avella D, Denaro L, Gardiman M, te Kronnie G, Schwartz PH, Favaro E, Indraccolo S, Basso G, Panchision DM.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Stem Cells, 27, 7-17, 2009
キーワード HIF1 , 酸素分圧 , 細胞増殖 , 分化 , 癌治療

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 この論文は、「細胞の運命が酸素分圧により制御される」ことを示した点で興味深い。彼らは2007年の報告において、「脳由来神経前駆細胞のin vitroでの増殖は、20%酸素下よりも5%酸素下の方が優れている」という報告をしている(1)。体組織の酸素分圧は2~5%程度であることを考えると、通常のin vitroの細胞培養では酸素分圧(20%)が高すぎ、前駆細胞の増殖に適さないということは十分にあり得る。また、癌組織のように低酸素領域を含む組織では、正常組織に比べ酸素に対する感受性が大きい可能性も考えられる。本論文において、彼らは酸素分圧を2%に維持できる低酸素維持装置(培養器、クリンベンチ、顕微鏡が低酸素下)を用い、外科手術により摘出した小児のグリオーマ細胞及び正常神経前駆細胞を培養した。その状態の細胞を20%酸素にさらした時に見られる細胞の運命を調べた。
 酸素分圧2%を維持して培養した細胞では、酸素分圧を20%へ移すだけで、p53の活性化、p21の誘導が見られた。さらに、分化マーカーのGFAP (glial fibrillary acidic protein)陽性細胞の増加、幹細胞様細胞マーカーのnestin陽性細胞の減少も見られたことから、幹細胞増殖の低下、分化誘導の促進が引き起こされていることがわかった。グリア細胞への分化誘導は、BMP2依存的なSmadの活性化が必要であるが、確かに2%酸素下から20%酸素下に移すだけでSmadの活性化が見られた。次に、低酸素下で様々な遺伝子発現を制御するHIF-1の関与を調べるため、グリア細胞への分化誘導におけるHIF-1alphaの発現レベルの変動を調べた。その結果、分化誘導因子のBMP2により、HIF-1alphaの発現は減少した。2%酸素下から20%酸素下へ移すことにより、HIF-1alphaは分解される(20%酸素下ではHIF-1alphaは通常分解されている)が、そのことが分化誘導に関わるのか否かを調べるため、HIF-1alphaノックダウン細胞で解析した。その結果、HIF-1alphaのノックダウンにより、分化誘導(GFAP陽性細胞の増加とnestin陽性細胞の減少)がみられた。また、塩化コバルト添加によりHIF-1alphaの分解を阻害し20%酸素下でもHIF-1活性を維持させると、20%酸素下におけるSmad(BMP2依存的な分化誘導経路)の活性化は見られなくなった。これらの結果は、低酸素下におけるHIF-1発現は分化を抑制するように働き、20%酸素下に移すと「HIF-1 alphaが分解するので分化が誘導される」という制御機構の存在を示唆している。
 この論文では、がん細胞と正常神経前駆細胞におけるBMP2依存的な分化誘導能の違いも示されている(がん細胞の方がBMP2の分化誘導能が強い)。BMPsによる分化誘導を利用した癌治療については2006年に報告されているが(2)、特に低酸素領域のHIF-1 alpha陽性がん細胞においては、HIF-1活性により分化誘導が抑制されている可能性があるので、BMPs添加による分化誘発と共にHIF-1 alphaを阻害することも有効な抗腫瘍効果の手段となるかもしれない。

1. Pistollato, F. et al. Mol. Cell. Neurosci. 35, 424-435 (2007).
2. Piccirillo S. G. et al. Nature 444, 761-765 (2006).