日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

タンパク合成の放射線応答メカニズム

論文標題 Regulation of Protein Synthesis by Ionizing Radiation
著者 Badura M, Xi Q, Formenti SC, Schneider RJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol Cell Biol.29, 5645-5656, 2009
キーワード 放射線 , タンパク合成 , mTOR , ATM , Sestrin

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 放射線照射によりさまざまな遺伝子の発現が変動するが、その多くは転写レベルでなく翻訳レベルで調節されるという(1)。ところがその調節メカニズムはよくわかっていない。著者らは、正常乳腺上皮細胞および悪性度の異なる一連の乳がん細胞を用い、これを検証した。タンパク合成を調節するシグナルとしてはmTOR経路(図1)がよく知られており、本論文もmTOR経路を中心としたメカニズムを調べている。

●放射線によるタンパク合成の応答
まず、正常乳腺細胞(MCF-10A)に2~8Gyを照射すると、初期(2~6時間後)に一時的にタンパク合成が高まり、続いて(後期;12~24時間後)照射前よりも低く抑制された。これらは乳がん細胞では見られなかった。このとき、初期のタンパク合成増加をシクロヘキシミドで阻害すると、p53下流のDNA修復や細胞周期停止に関わる因子、アポトーシスの抑制に関わる因子等が阻害されたことから、初期のタンパク合成増加が細胞の生存に重要であると推測された。

●初期のタンパク合成増加のメカニズム(図2A)
初期のタンパク合成増加は、その一部は、mTOR経路による4E-BP1のリン酸化によるものであった。これと別に、放射線がATMを介してERKを活性化し(その機構の詳細は不明)、ERKが直接に4E-BP1をリン酸化するという、mTOR非依存的なメカニズムも示唆された。p53は無関係のようであった。がん細胞では元来のERK活性が高く、放射線によるさらなる活性化は見られなかった。

●後期のタンパク合成抑制のメカニズム(図2B)
一方、後期のタンパク合成抑制のメカニズムも詳細に解明された。まず放射線によるDNA二重鎖切断部位でMRN複合体によってATMが活性化し、ATM/p53経路によってp53標的遺伝子であるSestrin 1および2が増加する。SestrinタンパクはAMPKを活性化して、次にAMPKがTSC2を活性化し、TSC2がmTORを抑制するというメカニズムで起こっていた。このほか4E-BP1(非リン酸化型)が、プロテアソームによる分解の減少によって増加し、その結果キャップ翻訳開始複合体が減少することも関与していた。

●まとめ
本論文では、放射線によるDNA損傷を起因として、細胞のタンパク合成が、初期応答としてはmTOR依存的および非依存的な経路により増加し、後期応答としてはATM/p53/Sestrin/mTORの経路により抑制されることが示された。初期のタンパク合成増加は、DNA損傷応答因子や生存シグナル因子の産生を促すための、適応的な細胞応答ではないかと推測されている。ところが後期のタンパク合成抑制の生物学的意義は考察されていない。本研究でこれら初期・後期のメカニズムの違いが示されたことから、これらを別々に阻害することが可能となり、後期のタンパク合成抑制の生物学的意義も明らかになるのではないだろうか。

<参考文献>
1. Lu X, et al. (2006) Radiation-induced changes in gene expression involve recruitment of existing messenger RNAs to and away from polysomes. Cancer Res. 66(2):1052-1061.