がんのゲノム解析における試料の選択
論文標題 | Sample type bias in the analysis of cancer genomes |
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著者 | Solomon DA, Kim JS, Ressom HW, Sibenaller Z, Ryken T, Jean W, Bigner D, Yan H, Waldman T. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Res. 69, 5630-5633, 2009 |
キーワード | 遺伝子増幅 , ホモ欠失 , 腫瘍組織 , 異種移植片 , 遺伝子安定性 |
がんで生じる遺伝子異常の解析には、状態のよい試料が必要であることは広く知られ、腫瘍組織 (primary tumor) や株化細胞 (cell line) などの試料の利用方法がこれまで議論されてきた。近年、がんの大規模なゲノム解析も始まり、その試料の選択は益々重要となってきている。本論文では、実験データと過去の論文報告に基づき、各種試料の特徴と有用性を検討している。その一例として著者達は、glioblastoma multiforme (GBM, 多形神経膠芽腫) の場合、腫瘍組織と異種移植片 (xenograft, 腫瘍をヌードマウスなどへ移植して増やす) の利用は遺伝子増幅 (amplification) の同定に適しており、一方、異種移植片と株化細胞の利用は遺伝子のホモ欠失 (homozygous deletion) の同定に適していることを示している。
著者達は、腫瘍組織と異種移植片が株化細胞よりも遺伝子増幅の同定に関して優れている理由として、細胞の培養過程における遺伝子増幅の消失 (loss of amplification) をあげている。GBM 株化細胞の遺伝子増幅の消失は以前から報告されており、EGFR 遺伝子に特異的な現象と考えられていたが、PDGFRA, CDK4, MDM4 遺伝子なども培養の過程で遺伝子増幅の消失が観察されることが明らかとなった。しかし、遺伝子増幅の消失は腫瘍特異的な現象であり、腫瘍の種類によってはこの現象が観察されない。これらの結果は、腫瘍の維持にはがん遺伝子の継続的な発現が必要であるという “がん遺伝子依存 (oncogene addiction)” (1) と呼ばれる考えの理解やがん分子標的薬の開発にとって興味深い現象であると思われる。
一方、異種移植片と株化細胞が遺伝子のホモ欠失の同定に優れている理由として、腫瘍組織の欠失の多くは、正常遺伝子を持つ非腫瘍細胞の混入あるいは腫瘍組織細胞間での遺伝的多様性 (genetic heterogeneity) によって隠れやすいことを述べている。上記の遺伝子増幅の消失とは矛盾するが、培養によって、遺伝子の欠失を持つ増殖の速い腫瘍細胞は生き残り、増殖の遅い非腫瘍細胞は淘汰されていくものと思われる。同様の現象はDNAシークエンス (点突然変異) を含む他の解析にも影響をもたらすことが予想される。
培養によってアーティファクトな遺伝子異常が生じるという通説がこれまで存在したため、がんの遺伝子異常を調べる研究者の多くは、培養された細胞よりも腫瘍組織の解析を好む傾向にある。しかし、意外にもこの通説に関する明確な文献的報告がみつからないことを著者達は指摘している。さらに、過去において、がんで異常が観察される遺伝子の発見 (p53, PTEN, p16INK4A, K-Ras, PIK3CA, B-Raf など) には異種移植片や株化細胞の利用が大きな役割を担っていたことが紹介されている。こうした報告や著者達の実験データをあわせて、がんのゲノム解析における試料の選択、特に培養した試料を上手に利用することの重要性を提示している。本論文の内容は放射線関連がんの遺伝子異常を同定・解析する動物実験などにも参考になる情報であると思われる。
<参考文献>
1) Weinstein IB and Joe A. Oncogene addiction. Cancer Res. 68(9): 3077-3080, 2008.