日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

乳がんにおけるSOD2からSOD1への制御スイッチ

論文標題 SOD2 to SOD1 Switch in Breast Cancer
著者 Papa L, Hahn M, Marsh EL, Evans BS, Germain D
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J. Biol. Chem. 289, 5412-5416, 2014
キーワード SOD , ミトコンドリア , 活性酸素 , 乳がん

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 癌化における活性酸素の役割、及びその制御機構についての解明は、放射線発がんの機構解明において重要である。すべての癌細胞での共通機構ではないかもしれないが、抗酸化システムの破綻は、重要なイベントであるかもしれない。乳がん細胞では活性酸素レベルが高いことが知られている。ミトコンドリア局在性のスーパーオキシド除去酵素SOD2はゲノムの安定化に重要であるが、SOD2の活性を直接制御する因子の一つが脱アセチル化酵素SIRT3である(1)。SIRT3は乳がんの87%で発現低下が認められることから、ミトコンドリアにおけるSOD2の機能低下が乳がん細胞における活性酸素増加の要因である可能性が高い。
この論文において筆者らは、正常乳腺由来細胞(MCF-10A)に対して乳がん細胞株5種でSOD2のタンパク質発現レベルが低下していることを示している。SOD2発現・機能低下によりミトコンドリアマトリックスでの活性酸素が増加すると、結果的に細胞が不可逆的な損傷を受けるはずなので、SOD2の機能低下を補う別の抗酸化機能がそういった損傷誘発を防いでいると筆者らは考え、細胞質及びミトコンドリア膜間スペースに局在するSOD1がその機能を担っていると考えた。彼らはSOD1の発現レベルをヒトの乳がん組織、及び各種乳がん保持マウスにおいて調べた。その結果、60~100%とSOD1陽性率が高く観察されたのに対して、正常乳腺組織では陽性率は0%であった。SOD2発現が低下していた前述のヒト乳がん細胞株5種でもSOD1の発現が亢進しており、ミトコンドリア分画でのSOD1発現も高まっていた。また、MCF-10A細胞へRas、Mycを導入した際、SOD2は48時間以内に発現低下が起こるが、SOD1の発現増加はそれよりももっと後に起こることから、発がん過程の初期にSOD2が低下し、その後その異常を補うためにSOD1が増加してくるのではないかと考察されている。しかし、どのようにSOD1の発現と局在が癌化の過程で変化するのかについての機構は示されていないので、今後の解明が期待される。
一方、乳がんにおけるSOD1の発現増加は、癌治療の標的として有用である可能性についても触れている。LSC-1はSOD1阻害剤であるが、正常乳腺細胞株MCF-10AではLSC-1処理によるミトコンドリアの障害は見られない。一方、乳がん細胞株MDA-MB231ではSOD1による抗酸化作用の依存性が高く、LSC-1処理によるミトコンドリア活性酸素の増加とそれに伴うミトコンドリアの障害性が大きく表れることが示された。正常細胞では見られず、悪性化した癌細胞での特徴的な変化を治療標的とする戦略は有効であるが、ミトコンドリアの活性酸素を制御するSODを標的とした例は新しく、今後この部分が治療標的として有用であるか否かの解析が進められるであろう。
本論文は、発がん過程におけるSODの役割の重要性を示しているだけでなく、がんの生存戦略に存在するSODのスイッチ機構が治療標的として有用である可能性を示唆している点でも興味深い。
1. Sirt3-Mediated Deacetylation of Evolutionarily Conserved Lysine 122 Regulates MnSOD Activity in Response to Stress. Randa Tao, Mitchell C. Coleman et al. Molecular Cell 40, 893-904, 2011.