日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

酸素分圧が造血細胞に与える影響-低酸素状態の生物学的な定義-

論文標題 CXCR4 expression and biologic activity in acute myeloid leukemia are dependent on oxygen partial pressure
著者 Fiegl M, Samudio I, Clise-Dwyer K, Burks JK, Mnjoyan Z, Andreeff M.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Blood, 113, 1504-1512, 2009
キーワード 酸素 , 白血病 , COPD , CXCR4 , 癌幹細胞

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[目的]
酸素は生物にとって必要不可欠なものであると同時に、代謝の過程や放射線によって生じる活性酸素はDNAやタンパク質、細胞膜に損傷を形成し、老化や発がんの原因となることが知られている。正常なヒトやマウスの組織の酸素分圧は血液の循環によって約1~6%に制御されており、固形癌等では低いと報告されているため、これまでに低酸素状態の細胞の動態を調べる実験は3%以下で行われてきた。しかし、3%以下の酸素分圧は虚血状態を引き起こすという報告もあるため、実際の生体中の酸素分圧については未解明な部分が多い。この問題に対して、本論文は健常人と急性骨髄性白血病(AML)患者の最も酸素分圧が低い部位の一つである骨髄の酸素分圧を測定し、さらに、その値を基に実際の“physiologic hypoxia”な環境に白血病細胞を置き、様々な癌の治療後の予後因子であり、細胞の走行性の制御によって細胞分化を制御することが知られているCXCR4/SDF-1経路に与える影響を解析した。

[結果]
健常人と慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者の骨髄サンプル中の酸素分圧は6.3?7.2%であるのに対し、AML患者では6.06%±1.7%であった。このことから、筆者らはphysiologic hypoxiaはおよそ6%であるとした。一般的な細胞培養の酸素分圧21%に比べて、6%の酸素分圧下ではヒト白血病の培養細胞の細胞膜のCXCR4の量は大きく上昇していたが、CXCR4のmRNAの発現量は幾分か上昇しているが前述のタンパク質の上昇に比べて低く、細胞膜のCXCR4の増減が遺伝子の発現以外の方法によって制御されていることが明らかになった。これに対して、CXCR4が局在する細胞膜上の脂質ラフトを構成するcholesterolを測定したところ、培養中の酸素分圧が6%から21%に変化させるにつれて減少ており、さらに細胞培養の上清を調べたところ、酸素分圧の変化が起きてから2~4分の短時間でCXCR4が微細な小胞となって細胞膜から放出されていることが分かった。

[考察]
上記の結果により、ヒトの骨髄内の酸素分圧は6%というこれ迄に想定していた値よりも高い値に制御されており、6%の酸素分圧下で白血病細胞の走行性が制御されていることが明らかになった。また、cholesterolと培養上清の結果が示すように細胞の走行性を制御するCXCR4の変化は、mRNAの発現制御やproteaseによって行われているのではなく、酸素分圧の変化が脂質ラフトの構造変化を生じさせることによって非常に短い時間で起きていると考えられる。

[結語]
放射線照射によって癌幹細胞が発生する過程を考える際に、癌幹細胞の起源となる細胞に生じるDNA損傷と共にその周辺の微小環境への影響を考慮する必要があると思われる。特に造血器腫瘍の場合、骨髄性白血病や様々なリンパ腫の幹細胞は、現在、正常な造血幹細胞から生じているという報告が大半を占めているので、本論文によって示された造血ニッシェの酸素分子の動態がその場に存在する細胞の細胞膜の状態に変化をもたらす影響を調べることによって、より多面的に放射線発がんのメカニズムを解明出来る可能性があると思われる。