p53依存的転写活性化機構における必要なイベントは何か?
論文標題 | p53 Pre- and Post-binding event theories revisited: Stresses reveal specific and dynamic p53-binding patterns on the p21 gene promoter |
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著者 | Millau JF, Bastien N, Bouchard EF, Drouin R. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Res. 69, 8463-8471, 2009 |
キーワード | 放射線 , p53 , 転写 , ストレス , プロモーター |
放射線照射後にタンパク質の発現量が増加するとき、すでに存在するmRNAの翻訳を促進する機構が最も寄与していることが示されており、その分子機構は2009年のMol. Cell Biol.(この論文は本サイト”09-019”においてすでに紹介されているので、詳細はそちらを参照していただきたい)にて報告されている。翻訳の促進機構に次いでタンパク質発現誘導に関与しているのが、転写の促進であり、本論文ではそのなかでも特にp53が関与する転写促進機構について検討を行っている。
放射線照射後にp53が転写因子として働く際には、(1)p53の翻訳後修飾による核内への蓄積と四量体の形成、(2)標的遺伝子のプロモーター上に存在するp53特異的DNA結合配列(p53応答配列)への四量体p53の結合、という一連のプロセスが必要だと一般的に考えられている (pre-binding theory)。しかしながら、このプロセスだけでは数多くあるp53標的遺伝子間での転写レベルの違いを説明するには不十分であり、p53が応答配列へ結合した後に引き続いておこるイベントが個々の遺伝子の転写活性を制御するというpost-binding theoryも同時に提唱されている。本研究では5つのp53応答配列を持つp21プロモーター領域に着目し、様々なストレス(γ線、UV、5-FU)、あるいはNutlin-3処理後のp53結合パターンとp21発現誘導パターンを比較しながら検討を行っている。この論文で示されているp53のプロモーターへの結合パターンがストレスの種類に依存していること、またp53がプロモーターへ結合することが転写の開始に重要であるが、必ずしもp53依存的な転写活性化に必要ではない、ということを示している点に本論文の意義があると思われる。
上記に示したいずれの処理でもp21mRNAレベルの増加が確認されたが、UV処理時のみp53依存性はなく、G1期チェックポイントの誘導も観察されなかった。次に、DNase Iフットプリンティング法によりp21プロモーター上に存在する5つの応答配列に対するp53結合パターンが解析された。フットプリンティング法の解析結果をまとめると以下のようになった。
・非ストレス下の状態ではp53はいずれの応答配列に対しても結合が見られなかった。(あるいは結合時間が短い為に本法では顕著な差として検出されなかった)
・いずれのストレスによってもp53はp21プロモーターに結合していたが、応答配列に対してはストレス特異的な結合パターンを示した。
UV、5-FU:-11,700bp、-2,241bp、-1,354bp領域の応答配列に広く結合
Nutlin-3:-2,241bp、-1,354bp領域の応答配列に結合
γ線:-2,241bp領域の応答配列のみに特異的に結合
・UVのようにp53非依存的にp21mRNAの上昇が見られた場合でもp53はp21プロモーター領域に結合していた。このことは、p53がプロモーター領域に結合するだけでなく、結合後の制御反応も転写活性化に重要であることを示唆する。
・照射後の時間経過とともにp53は応答配列から解離したが、同じ応答配列領域でもストレスによってp53の解離速度が異なり、また、同一ストレスにおいてもそれぞれの応答配列領域で解離速度が異なることが示された。
以上の結果から、p53はストレスに応じてp21プロモーターの応答配列に結合することで転写の開始に寄与していることからpre-binding eventの重要性が示唆されたが、同時にp53がプロモーターに結合することが転写活性化に必ずしも必要でないことも示され、p53のプロモーター部位への結合に加えてpost-binding eventによる制御が必要である可能性を示している。さらに、p21プロモーターのように複数の応答配列がある場合、特定の領域にp53が結合するのではなく、ストレス特異的な結合パターンを示した点は新規性のある発見である。今後はpost-binding eventの分子メカニズムの解明、変異型p53がpre- あるいはpost-binding eventに及ぼす影響についての検討が行われることにより、正常細胞とがん細胞におけるp53機能の差異を分子メカニズムの違いとして明らかにされることが求められる。