日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射線急照射による腸管障害のメカニズム

論文標題 p53 controls radiation-induced gastrointestinal syndrome in mice independent of apoptosis
著者 Kirsch DG, Santiago PM, di Tomasso E, Sullivan JM, Hou WS, Dayton T, Jeffords LB, Sodha P, Mercer K, Cohen R, Takeuchi O, Korsmeyer SJ, Bronson R, Kim CF, Haigis KM, Jain RK, Tyler Jacks T.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 327, 593-5996, 2010
キーワード アポトーシス , p53 , Bax , 腸管上皮細胞 , クリプト

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はじめに
放射線を急性被ばくすると、腸管に致死的な障害が生じる。放射線誘発腸管障害の標的細胞は上皮由来なのか内皮由来なのか、そして、標的細胞の死の機序は未解明であった。本論文で著者らは、各種の遺伝子改変マウスを用いて、その問いに答えた。

結果1.  プロアポトーシス因子Bak1とBaxの役割
BakはBax非依存性アポトーシスを媒介すること、また、Bak1-/-; Bax-/-マウスは生存しないことが知られているため、遺伝子改変マウスの作出には、Bak1-/-マウスをもとに、組織特異的プロモータの制御下でCreを発現させることによって、loxPに挟まれるBaxを細胞種特異的に欠損させる系を用いた。

Bak1を欠損し、造血系と内皮で特異的にBaxを欠損するマウス(Tie2Cre;Bak1-/-; BaxFL/-)では、Baxを発現するマウス(Tie2Cre; Bak1-/-; BaxFL/+)に比べて、12.5 Gyのガンマ線の全身照射後の生存率が高く、骨髄障害が軽度であった。このことから、骨髄死には内在性アポトーシスが重要な役割を果たしていることがわかった。

腸管障害を解析するために、骨髄障害を回避できる前肢以外の亜全身照射をおこなったところ、Tie2Cre; Bak1-/-; BaxFL/-マウスでは、Tie2Cre; Bak1-/-; BaxFL/+マウスに比べて、小腸絨毛における内皮細胞などの間葉系細胞のアポトーシスは減少したが、生存率は変化しなかった(Bax-/-マウスとBak1-/-マウスでも同様の結果)。Bak1を欠損し、腸管上皮で特異的にBaxを欠損するマウス(VillinCre; Bak1-/-;BaxFL/-)とBaxを発現するマウス(VillinCre; Bak1-/-; BaxFL/+)でも同様な結果が得られた。このことから、腸管死は内皮細胞や腸管上皮細胞のアポトーシスによって影響を受けないことがわかった。

結果2.  p53の役割
亜全身照射後、小腸腺窩の大半の細胞は微小核を有するなどの異常が観察された。p53は、放射線照射後の小腸において、不適切なM期への進行を防ぐための細胞周期停止に必要であることが知られているので、p53の役割を調べた。腸管上皮で特異的にp53を欠損するマウス(VillinCre; p53FL/-)はp53を発現するマウス(VillinCre; p53FL/+)よりも、p21-/-マウスはp21+/+マウスよりも、亜全身照射後の生存率が低かった。そして、Bak1を欠損し、腸管上皮で特異的にp53とBaxを欠損するマウス(VillinCre; Bak1-/-; BaxFL/-; p53FL/-)も、p53とBaxを発現するマウス(VillinCre; Bak1-/-; BaxFL/+; p53FL/+)より亜全身照射後の生存率が低かった。

さらに、p53トランスジェニックマウス(野生型p53を余分に2コピー保持)は正常マウス(p53+/+)よりも亜全身照射後の生存率が高かった。一方、造血系と内皮で特異的にp53を欠損するマウス(Tie2Cre; p53FL/-)の亜全身照射後30日までの生存は、p53を発現するマウス(Tie2Cre; p53FL/+)と同程度であった。しかし、Tie2Cre; p53FL/+マウスと異なり、亜全身照射2ヶ月までに全てのTie2Cre; p53FL/-マウスが死亡した。このことから、p53は、腸管障害からの腸管上皮細胞の保護、ならびに、遅発性障害からの内皮細胞の保護を担っていることがわかった。

まとめと展望
本研究によって、腸管障害は、アポトーシス以外のp53によって制御される腸管上皮細胞の細胞死に起因して生じることが初めて明らかにされた。急性放射線症を抑制する薬剤として、p53の機能を阻害しないアポトーシス誘発経路の阻害剤は、骨髄障害の抑制に有効であるが、腸管障害についてはあてはまらないであろう。また、p53阻害剤は骨髄障害を抑制するが遅発性障害を引き起こし、逆に、腸管障害の抑制にはp53機能の増強が有効な可能性がある。腸管障害や骨髄障害などの急性放射線症を克服するための戦略を練るには、腸管上皮のアポトーシス以外の具体的な細胞死の機序(mitotic catastropheであるのか)に関する更なる解明が必要である。