日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA修復における53BP1およびCrb2のメチル化状態特異的ヒストン認識の構造学的解析

論文標題 Structural Basis for the Methylation State-Specific Recognition of Histone H4-K20 by 53BP1 and Crb2 in DNA Repair
著者 Botuyan MV, Lee J, Ward IM, Kim J, Thompson JR, Chen J, Mer G.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell, 127, 1361-573, 2006.
キーワード クロマチン , ヒストン , メチル化 , DNA損傷 , 53BP1

► 論文リンク

ここ数年、放射線照射後の分子応答の初期過程に、ヌクレオソームコアを構成するヒストン蛋白質の修飾が重要な役割を果たしていることが次々に明らかにされてきた。中でも、ヒストンH2AのサブファミリーであるヒストンH2AXのC末端のセリンのリン酸化は最もよく研究されている修飾であるが、このヒストンH2AXのリン酸化は、リン酸化セリン/スレオニンを認識するFHAあるいはBRCTドメインを持つ蛋白質の局在化の目印として機能し、DNA損傷情報の増幅および伝達において中心的な役割を果たしている。
 一方、これまでは主に遺伝子発現における役割が調べられてきたヒストン蛋白質のメチル化も、同様の役割を果たしていることが示唆された。Botuyanらによって報告された本論文(1)によると、ヒストンH4の20番目のリジン残基のジメチル化が、DNA損傷チェックポイント因子の一つである53BP1のTudor領域によって認識され、この相互作用が53BP1のDNA損傷部位へのリクルートに必要であるという。Botuyanらは、53BP1蛋白質内に存在するメチル化リジン結合モティーフであるタンデムTudor領域に着目し、蛋白質—ペプチド間の相互作用の強さをITC(Isothermal Titration Calorimetry)法により評価した。その結果、20番目のリジンがジメチル化されたヒストンH4とタンデムTudor領域が強固に結合する結果を得た。さらに、X線結晶構造解析から、第一番目のTudor領域に存在する5つのアミノ酸が、ヒストンH4のリジン20を取り囲むかご状の構造を構成することを明らかにした。興味深いことに、哺乳類細胞の53BP1の分裂酵母における相同蛋白質であるとされるCrb2蛋白質も同様の構造を有しており、しかも、Crb2もリジン20がメチル化されたヒストンH4と相互作用することが報告されている(2)。つまり、メチル化ヒストンH4の認識様式は種を超えて保存されていることになり、このメカニズムによる修飾ヒストンとDNA損傷チェックポイント因子との相互作用がDNA損傷情報の伝達においていかに重要かを窺わせる。
 ところで、同領域には79番目のリジンがジメチル化されたヒストンH3蛋白質も結合できる。以前、Huyenらによって、53BP1のDNA損傷部位へのリクルートにはヒストンH3リジン79のジメチル化が必要であるという結果が報告されていることから(3)、53BP1のタンデムTudor領域のこれらペプチドに対する結合定数がITC法によって決定された。その結果、ジメチルリジン20ヒストンH4に対するKDが19.7μMであったのに対し、ジメチルリジン79ヒストンH3とのKDは約2mMであった。また、モノメチルリジン20ヒストンH4とのKDは52.9μM、トリメチルリジン20ヒストンH4とのKDは1mM以上であることが明らかになり、53BP1のタンデムTudor領域はジメチルリジン20ヒストンH4に対してのみ極めて高い親和性を有することが判明した。この結果は、現在一般的に信じられているジメチルリジン79ヒストンH3のDNA損傷情報伝達における役割を否定するものであることから、著者らはさらにこの点を確認した。まず、Huyenらの検討でも用いられた、ヒストンH3リジン79のメチル化酵素であるDOT1の関与を検討した。Huyenらの論文ではsiRNAによるノックダウン法が用いられたが、本論文ではDOT1ノックアウトマウス由来MEF細胞を用いて検討し、その結果、DOT1のノックアウトは放射線照射後の53BP1フォーカスの形成になんら影響を与えないことを明らかにした。以上の検討により、53BP1によるDNA損傷情報の伝達におけるヒストンH3リジン79のジメチル化の役割は完全に否定された。
 以上の結果から、放射線照射後の分子応答の初期過程には、ヒストンH4リジン20のジメチル化が重要な役割を果たしていることが明らかになった。注目すべきは、このメチル化は放射線照射によらず恒常的に起こっている点である。では、放射線照射後どのようにして53BP1によるジメチルリジン20ヒストンH4の認識が起こるのであろうか。1つの考え方は、放射線照射によって生じたDNA二重鎖切断がクロマチン構造を破壊し、露出したジメチルリジン20ヒストンH4を53BP1が認識するというストーリーである(4)。しかしながら、最近のLiらの論文によれば、ヌクレオソームは想像以上にダイナミックな構造で、たとえクロマチン構造の奥深くしまい込まれた部位であっても蛋白質は容易に到達できるという(5)。つまり、DNA二重鎖切断がクロマチン構造を破壊し、その結果ジメチルリジン20ヒストンH4が露出するという可能性は低い。だとすると、次の考え方として、別のメカニズムによってリクルートされた53BP1をDNA損傷部位に局在化させるのに何らかの役割を果たしているという可能性が挙げられる。事実、53BP1のリクルートには、ヒストンH2AXのリン酸化に依存したMDC1の局在化が必要であることが報告されている(6,7)。したがって、現時点で最も考えられる可能性は、リン酸化ヒストンH2AX/MDC1に依存した53BP1のDNA損傷部位への局在化を、ジメチルリジン20ヒストンH4との相互作用が増強して、これによりATM依存的なDNA損傷情報の十分な伝達が行われるというものではないだろうか。今後、MDC1と53BP1との相互作用の分子メカニズムが解明されることによって、この仮説が正しいかどうか検証されることを期待したい。

<参考文献>
1.Botuyan, M. V., Lee, J., Ward, I. M., Kim, J-E., Thompson, J. R., Chen, J., and Mer, G. Structural basis for the methylation state-specific recognition of histone H4-K20 by 53BP1 and Crb2 in DNA repair. Cell, 127, 1361-1373 (2006).
2.Sanders, S. L., Portoso, M., Mata, J., Bahler, J., Allshire, R. C., and Kouzarides, T. Methylation of histone H4 lysine 20 controls recruitment of Crb2 to sites of DNA damage. Cell, 119, 603-614 (2004).
3.Huyen, Y., Zgheib, O., DiTullio Jr, R. A., Gorgoulis, V. G., Zacharatos, P., Petty, T. J., Sheston, E. A., Meller, H. S., Stavridi, E. S., and Halazonetis, T. D. Methylated lysine 79 of histone H3 targets 53BP1 to DNA double-strand breaks. Nature, 432, 406-411 (2004).
4.Stucki, M., and Jackson, S. P. Tudor domains track down DNA breaks. Nat. Cell Biol., 6, 1150-1152 (2004).
5.Li, G., Levitus, M., Bustamante, C., and Widom, J. Rapid spontaneous accessibility of nucelosomal DNA. Nat. Struct. Mol. Biol., 12, 46-53 (2005).
6.Stucki, M., Clapperton, J. A., Mohammad, D., Yaffe, M. B., Smerdon, S. J., and Jackson, S. P. MDC1 directly binds phosphorylated histone H2AX to regulate cellular responses to DNA double-strand breaks. Cell, 123, 1213-1226 (2005).
7.Bekker-Jensen, S., Lukas, C., Melander, F., Bartek, J., and J. Lukas. Dynamic assembly and sustained retention of 53BP1 at the sites of DNA damage are controlled by Mdc1/NFBD1. J. Cell Biol., 170, 201-211 (2005).